福島第一原子力。地震から1週間以上経つが、予断を許さない状況が続いている。
俺が東京電力に入社したのは、今から10年近く前。 当時は、電力自由化から間もない頃で、今まで完全な独占企業として役所的なイメージのあった電力会社が、徐々に競争にもまれ、電力以外の新規事業を開始するなど、大きな過渡期にあったと記憶している。
原子力については、当然ながら当時から賛否の意見があり、就職セミナーにおいても人事担当者が原子力の安全性や優れた点をしきりに強調していたことが思い出される。 原子力発電所は「5重の壁」で守られており、どんな地震・津波・テロに対しても耐えうるほど安全であること。原子力発電はCO2をほとんど排出せず、環境面で優れていること。原子力発電は火力発電に比べてコストが非常に安く、経済的であること。原子力の燃料であるウランは、政情が安定した国に分散しており、燃料不足となるリスクが少ないこと。原子力発電所でプルサーマルが実現すれば、資源が乏しい日本で、エネルギーの自給自足が実現すること。
入社以来、俺はそれら全てを信じてきた。会社も信じてきたに違いない。
それが、今回、間違っていたことが証明されたわけだ。
チェルノブイリの事故では、炉内には格納容器すらなく、また、旧ソ連の情報操作により事故の発覚が遅れたこともあり、多くの被曝者を生み出す結果となったが、今回は当時よりもマシとは言え、現時点において被曝者は100名を超え、50歩100歩の惨事と言わざるを得ない。
放射能は雨として広範へ散布され、また、食物や水を通して、今後国民の生活に大きな影響を及ぼすことにもなる。また、甲状腺が小さい乳児については、放射能に含まれるヨウ素により癌を発病するリスクも高くなる。更に、人々のこころを不安に陥らせ、何らかの後遺症をもつ人もいるかもしれない。
いま、問題の当事者でありながら、原子力の動向については静観することしかできない状況にある。
テレビを観ながら、発電所の安全が一刻も早く確保されることを、切に願う。 乳児や妊婦の方々が、優先的に少しでも原子力発電所から離れた場所に避難できることを願う。 避難している方々、近隣に留まっている方々の不安な気持ちが少しでも早く晴れることを願う。自分の無力さがただただ虚しい。
会社の中は、大変な状況にある。非常事態の中で、それぞれがやれることを精一杯やっている。 これだけの問題が起きていても、誰も逃げることなく、腐ることなく、いつも以上に力を合わせている。会社として明るい将来は望めないが、それだけが救いだ。
世間からの厳しい声はやまない。一日、応援でお客さまからの電話を受ける機会があったのだが、耳を塞ぎたくなるような言葉の数々。「福島へ行って放射能を浴びてこい。」「死んでしまえ。」
電話は鳴り止まない。それでも正面から向き合うしかない。どんな罵詈雑言の中にも、耳を傾けるべきメッセージが含まれている。
社宅への嫌がらせも起きている。地域住民から疎まれている同僚もいる。 地震の被害者であり、同時に加害者にもなってしまった社員一人一人が、公私ともに苦しんでいる。 それでも、安全な場所で仕事をし、飲食に困らず生活できているのだから、現地の人のことを思えば、取るに足らないことなのかもしれない。
需給逼迫も当分続くことになる。あまり報道されていないが、今回の地震の影響で、原子力のみならず、多くの火力発電所が止まっている。東北・関東地方にある電力会社も規模の大小問わず同じ状況にあり、電力の融通を受けるのも難しいのが実情だ。 一方、発電所の建設には何年もの時間がかかる。原子力と同じ規模の安定した供給力をもつ発電所も存在しない。当面の間、電気を使いたいだけ使うことはできない。原子力の問題が一段落した後にも、東京電力の課題は継続することとなる。そして、その課題は資源の乏しい島国に暮らす国民一人一人が自問する必要のある課題でもある。
だいぶ長くなってしまった上、乱文甚だしいが、最後に一つ。
この一週間、慌しい日々を何とか過ごす中、友人からたくさんの励ましの声を戴いた。批判の声が多い今、励ましの声ほど身にしみて有難いものはない。自身も原子力のことで不安な気持ちを抱えているだろうに、その状況で優しい声を掛けてくれているのだと思うと、なお感謝で胸がいっぱいになる。この場を借りて、お礼申し上げたい。
今日の一曲 「jupiter」 平原綾香