この5月に、星由里子さんが亡くなられたという報道に接した時、まず頭に浮かんだのは彼女がヒロインを演じた、「若大将シリーズ」の映画でした。1960年代に作られた、加山雄三さん主演の東宝映画です。清楚な雰囲気の星さんは万能のスポーツガイでヒーロー、加山さんとのマッチングも良く、大人気となったものでした。

 

 1960年代といえば、高度成長期で、半ばには前回の東京オリンピックがあり、日本人の生活やカルチャー、そして東京の街並みが大きく変貌して行った時ではないでしょうか。爆発的に普及したテレビを通じて、東京のモダンな空気が地方にも急激に広がっていったように思います。筆者は当時地方に住む、どこにでもいる、ほんの子供でした。東宝が順に封切りする「若大将シリーズ」「クレイジーキャッツ」の同時封切りの組み合わせと、「特撮映画(代表は怪獣物)」を楽しみにしていたものです。児童全員での映画鑑賞なんてのもありましたっけ。

 

 「若大将シリーズ」には、花の東京での大学生活は実に楽しいもんだ、と、そんな地方の子供達に刷り込む効果があったに違いありません。筆者もその一人で、やがて東京の大学で大学生活を楽しもう(勉強する、ではありません)、という憧れを抱いた一人です。

 

 大人になって後、何処かのテレビ局(BSだったと思います)で「アルプスの若大将」を放映していて、子どもの頃、胸ときめかせた懐かしさで、改めて全編を見る機会がありました。その時に、「アレッ」と思ったことが今回の訃報で再び頭によぎったので、TSUTAYAでDVDを借りてきて、もう一度、気になる箇所を中心に見てみました。

 

 クルマで東京の中心部を走った経験を積んで、街の風景をかっちりとでは無いものの記憶するようになって、感じたおかしさです。こういうシーンでした。加山雄三さん扮する若大将が、スキー合宿地の苗場に上野駅から列車で出発する(この映画の封切りは1966年で、上越新幹線はありません)ことになります。連絡を受けた星由里子さん演じるヒロイン、岸澄子は仕事先から、田中邦衛さんの青大将が運転するクルマに同乗して見送りに行こうとします。時間がないと急かす澄子に青大将はアクセルを踏み、スピード超過で白バイに追いかけられる、という場面です。大金持ちのドラ息子という設定の青大将のクルマは、ダイハツのコンパーノ・スパイダー。当時のイタリア車を彷彿とさせるデザインでカラーは赤のオープンカー。今見てもなかなかオシャレなクルマです。次期型コペンは、ぜひこれを基にしたネオクラシックでいかがでしょうか?たわごとですが。

 

 脇道にそれました。澄子は今は無きパンアメリカン航空、そこのCA(昔はスチュワーデスでした)で、オフィスは丸の内3丁目、今の帝国劇場のビル一階にありました。オフィスのシーンでも、窓越しに皇居の石垣が見えます。上野駅はそこからだと北北東の位置にあります。

 

 さて、筆者にとって問題のシーンです。青大将のクルマの助手席に澄子が座り、いざ出発。ところが、上野駅に向かっているはずの青大将のクルマを正面から捉えた映像を見ると、その映像の左側(つまり、クルマの進行方向の右側)に映っているのは、それほど高く無い石垣。どこかで見たことあると思うまでも無い、青山通りの赤坂、東宮御所ではありませんか。片側三車線の実に立派な道路。1964年の東京オリンピックのために拡幅されていますから、符合します。また、バックには赤坂見附付近の超有名老舗、羊羹の「とらや」さんのビルが写っています。現在は取り壊され、新しいビルの建築中ですが、旧ビルは1964年の竣工と、とらやさんのホームページにありました。ますます間違いありません。

 

 赤坂見附から東宮御所にかけての地域は、パンアメリカン航空のオフィスのあるビルのほぼ真西にあたります。しかも、向かっているのは渋谷方面。上野駅とはまるであさっての方向です。青大将は、澄子が見送りに間に合わないようにと、わざと遠回りをしているのか?それに気がつかない澄子も澄子だ。

 

 スピード超過で、白バイに追いかけられるシーン。今度は両側にビルが立ち並ぶ都会らしい風景です。白バイを正面からカメラが捉えますが、その白バイのバックに印象的なビルが。道路はそのビルに突き当たり、左へと斜めに走っているのが、ビルの建てられている角度から、想像できます。もしやと思って調べると、そのビルが写った写真を見つけました。後ろには1968年竣工の霞が関ビルディングが。えっ、ということは今度は虎ノ門から新橋方向へ走っているわけです。白バイにサイレンを鳴らされた時は、まだ青山通りだったはずなのに。虎ノ門から新橋にかけては、赤坂東宮御所の東南東にあたり、オフィスの南南西になります。Uターンか何かして丸の内の近くにあたる新橋へと、白バイを引き連れた青大将はドライブしてきたことになります。呆れたテクニックだ。

 

 さらにおかしいのは、何箇所かある白バイのシーンのうち、バックのビルを見る限り、新橋近くを走るカットが、虎ノ門近くを走るカットの前に出てきます。ということは白バイは青大将を追いかけて、この近辺を周回している?

 このシーンの目印となった虎ノ門のビルは今はなく、現在の地図によると今その地には「工部大学校址」という碑が建てられているようです。工部大学校は戦前の施設で、映画に写っているビルはそれとは関係がないと思います。また、映画が撮られた時点で霞が関ビルディングはまだ姿を現してはいません。

 

 青大将が車で走った地点の位置関係を地図にしてみました。参照してください。

① 東宮御所前の青山通り。赤坂見附から渋谷に向かって、車を走らせています。この辺りで白バイに追跡され始めます。

② 虎ノ門方面から新橋駅の方向に白バイが青大将の車を追跡しています。背景からかなり新橋に近い位置だとわかります。

③ ②と同じ道路を白バイが走っていますが、②よりはずっと虎ノ門近くであることがわかります。

 

 これら以外にも、昭和41年頃の東京都心の街並みが写っているカットがあるのですが、どの場所かの特定は筆者にはできませんでした。

 黄色い都電が走り、東芝のネオンサインやビル屋上にある仁丹の大きな看板など、当時地方に住んでいた小学生には及びもつきません。もっと予想外のところを走っているかもと思うとワクワクします。もしお分かりになる方がいらっしゃったら、ぜひお教えいただきたいとお願いします。ちなみに仁丹の看板は、渋谷の宮益坂上にあった有名な電飾看板ではありません。単純に漢字で書かれたものですから。

 

 それにしても昭和の、それも40年代に入った頃の東京は懐かしい。希望に満ちていたようで。個人的なものですけれど。

 

 映画の作りも、経路のリアルさを考えるのではなく、絵面の良さをポイントにロケ地を定め、編集して行ったのでしょう。ちょっとした東京観光っぽいところがあって、のどかでいいなあ、と思います。

 

 もう一つ、映画の最後の方で再度パンアメリカン航空の事務所が出てくるのですが、こちらは丸の内とは違うようです。ウインドウ越しに見えるのは、ルノーのディーラー(当時、日野自動車がルノーの車両をライセンス生産・販売していたと記憶しています。)。緩やかな上り坂も見えます。東京プリンスホテルか、と想像するのですが、坂は無いように記憶していますし。お分かりの方がいたら、こちらもお願いします。

 

 最後に、星由里子さんのご冥福をお祈りいたします。とっても素敵なヒロインでした。