日本代表の試合だけでなく、毎日毎日痺れるような熱戦が続く、ワールドカップ ロシア大会。思わず深夜まで観戦してしまい、寝不足に。改めて、国の代表同士の試合は、地域対抗という意味での最終形で、究極の形だなあと、感心しています。

 

それにしてもオールドファンにとっては、このサッカー不毛の地(私見です)と思われた日本でのワールドカップの盛り上がりに、半端ない驚きが湧き上がります。

 

その昔、メキシコオリンピックで銅メダルを獲得して、一時的にサッカーブームがあったものの、徐々にそれもしぼんでいきました。

またその頃は、スポーツの最高峰はオリンピックであって、それ以外ない、というのが、ほぼ一般の認識だったと思います。特に筆者のような地方出身者では。だからワールドカップというのは全く知りませんでしたし、サッカーに限っては(オリンピックの競技の中では)、ただ一つ、オリンピックを超える競技大会だ、というのは、知る由もありませんでした。

(当時はオリンピックはアマチュアの大会で、ワールドカップはプロの大会という明快な線引きがありました。)

TV中継はないし、報道も地方紙では全くされていないのですから、当然ですね。日本のチームが出ていない、サッカーの国際試合なんて誰も興味を抱きませんから。よく言われているように海外サッカーは東京12チャンネル(現テレビ東京)の「ダイヤモンドサッカー」という番組でしか見られず、それも地方では視聴不能だったのです。

それで思い出しましましたが、その昔、イングランドのアーセナルが来日して全日本(今の日本代表です)と親善試合をしたことがありました。斜め後ろからのクロスボールをゴールするスタイルをアーセナルゴールと言いましたっけ。また、ミズノがアーセナルというサッカーシューズを出したのも覚えています。プーマのメキシコラインにそっくりなストライプが入っていたのも愛嬌でした。

その数年後には、トッテナム・ホットスパーも来日して、同じく全日本と対戦、これはNHKで放送があったので見ていたのですが、確か7対1で全日本が負けた記憶があります。こりゃ、かなわんわ、と、シャッポ脱ぎです。

 

そんな中で一冊の本を買い、貪り見て、読んだのが、今も手元にある「サッカー 世界のプレー」(牛木素吉郎著、講談社)です。

1970年のメキシコ ワールドカップの取材本で、当時のスター選手、ペレ、ジャイルジーニョ、トスタン、ベッケンバウワー、ゲルト・ミュラー、ボビー・ムーア、ボビー・チャールトン、ゴードン・バンクスときら星の名が出てきます。

 

 

当然、彼らのプレーの真似はできません。スチール写真とその説明だけではどのようなフェイントをしているのか、どのような動きをしているのか、想像力のかける頭では判らなかったんです。

 

それにしても、イングランド対西ドイツ、西ドイツ対イタリアなど、延長、逆転が相次いだ試合展開の説明に、なんとすごいもんだ、と、ここではなぜか想像力が掻き立てられました。

 

今、生中継で試合が見ることができ、ハイビジョンや4Kで選手の背番号もくっきりと確認でき、フォーメーションもよく見える時代、盛り上がれるのは幸せだな、と今日もテレビで試合を見ています。