久しぶりです。

今週末には参議院選挙がありますね。

ですので、今回のテーマは選挙と政治にしようかと思います。

まず、選挙での1票の格差について・・・

衆議院では約2倍以上、参議院ではより多くの4倍以上になります。

これは、今回の参院選挙での格差を非常にわかりやすく解説すると、

ある選挙区では1人に1票の投票用紙がもらえ、

別の選挙区では1人の4票の投票用紙が渡されるわけです。

これって機会の平等ではないですよね。

もちろん、完全にはいかないまでも、4倍はおかしいのです。

それをそのままなにもしない議員はもっとおかしいのです。

例えば、今回の参議院選挙は国会議員を選ぶ選挙です。

別に、ある特定の地域だけの議員である必要はないはずです。

大阪ブロック、またはもっと大きく近畿地方を選挙ブロックにしてもいいのではないか!って思います。

これだけネットもメディアも広まり、日本は小さくなっているのに・・・。

特定の地域の声を聞くために・・・って言う意見もありますが、

それは、もっと地方に権限を委譲して知事や市長、その議会が責任を持つべきだと思います。

国会議員には国の重大事項を優先的に本気で取り組んでいただきたい。

それと、許せないのは歳費。

給料と経費がはっきりしない仕組み。

なぜ、領収証がないのか?

国会議員の給料は給料で渡し、経費でかかった分は今の会社法人と同じように領収書を添付し、

必要な分が経費になるべきです。

あと秘書に関しても、秘書という表現がおかしいのですが、

私設秘書は3人分までの経費を公に決めた額を出すべきで、それ以上は議員もつべきでしょう。

それ以上必要な場合は党のお金で捻出すればいいことだと思います。

そして、私設秘書以上に大切なのが、政策担当官。

これは、政策担当秘書資格試験をパスした国会議員政策担当秘書に近いイメージです。

もっと議員数を減らし、1議員あたり5名ほどの公設政策担当官を置く。

10名でもいい。

政策担当官は専門分野で最低、修士以上の学歴と3年以上の実務があることが条件で、

政策担当秘書資格試験にあるような抜け道(議員の奥さんが10年秘書すれば勝手になれる)はつくらないのが前提ではあるが・・。

つまり、本気で立法をし、行政にからみ日本を変えていけることにお金を使ってほしい。

行政で立法の仕事に関わった人であれば、なおさら必要になっていくであろう。

私設と公設の考えを逆転させないといけない。

一般の会社で例えると・・・ぜったに必要なのは多数の秘書ではなく、実行部隊の技術者などの政策立案者。

いわゆるブレーンやシンクタンクです。

秘書は私設で、公設は技術者でないといけない。

議員が本当にしたいこと、していることを参議院なら、

参議院のサイトで名前、経歴、写真、どのような立法に関わったか、

今後どのような政策、法律を立案するのか?

をわかるように表示して、国民がすぐにわかるようにすべきです。

ある省庁でホームページ作成の費用1.4億円もするサイトをつくる予算があるのなら、

その数十分の1で簡単にできそうな話ですが・・・・

ともあれ、政治家と政治の仕組みは腐っているってことです。

これを変える為の1票を、投票していこうと思います。

私は、どこにも投票したくない人も白票を入れるべきだと思います。

権利と義務は裏表であり、投票は権利でもあり、義務でもあるからです。

(投票権を持っているのに)投票しない人は、一切、政治に文句を言ってはいけないと思うのです。



昔からそうなのですが、メディアの自己規制ができていない状態がここ最近頻繁に起きているようにみえます。

フィギュアスケーター安藤美姫の件。

あきらかな人権侵害だとわかる行為を、紙面に文字を乗せる人間がわからないわけがない。

プライバシーの侵害だとわかった確信犯であることがわかる。

最低でも日本語は理解して書ける人間が出版にいるはずである。

その人間の道徳がまったくなく、ただただ営利の為の紙面づくりになっているのが残念でならない。

本来、正確な情報を庶民に伝えるのが役目だったとおもう。

しかも、その情報は公権力に屈しず、メディアにとって不利であっても公開するべきものである。

でもいまのメディアはどうだろうか?

時折、ツイッターやフェイスブック、youtubeなどのほうが真実を伝えていることが多く感じられる。

あとは、真偽を見極めることができれば、メディアの価値はいかほどのものになるのだろうか?

維新の橋下氏の例も同じである。

彼の場合、都合のいい言葉のみ選び「ネタ」にされた。

歴史の資料は言葉をしっかり理解せずに。

もちろん、よくない言葉もあったのも事実だが、

多くの場合、イメージダウンだけの為だとしか見えなかった。

最初に何か(誰か)をターゲットに批判することを前提に情報がつくられていく。

私たち、ふつうの人間が理解できる日本語を、

なぜか理解できていない記者たちがそこにいる。

会社の立場だけで、自分の意見や名前を出してはっきり述べない。

彼らの合言葉は「私たちが質問しているんです!!」。である。


さて、メディアをここまで言わないといけない理由はどこにあるのか?

それは、太平洋戦争の時、事実を知りながら報道せず、

国民を戦争に巻き込んでいった事実があるからです。

もし今戦争が起きたとき、今のメディアでは二の舞になるであろうと思われる。

だから、国民が庶民が一般人がメディアにコンプライアンスの意味を、

人権の意味を、教える必要がある。


これから参議院の選挙がある。

ただ、当確だけを報道するのだろうか?

世界の国々では税金がどのように使われ

政治家はどのような立場でお金を使っているのかの

今の現状を伝えれる選挙報道ができるのか?


あたらしい選挙のありかた、ネット選挙に期待してみたいものである。



よく海外でも見てもらうためのウェブサイトを作成する基準に

いかにデータ量を軽くするか・・・がテーマになる。

でもよくよく見てみると、

高級ブランドのウェブサイトはまったくと言っていいほど

真逆である。 重いのだ。

回線が遅いとみれたものではない。

たとえば、LouisVuitton。

FLASHでつくられていて、高速インターネット環境しか見れない。

つまり、その条件を簡単にクリアーできる人がお客様になる。

客層を絞ってしまっているので、作りやすいのかもしれない。

海外では、まだ高速ネット環境は日本や韓国ほどではない国が多い。

でも、お金持ちは違う。

どんな国でもお金持ちのネット環境は違う。高速だ。

高級ブランドのなせる業だとおもう。


以前、ボッテガ・ヴェネタのウェブサイトで

職人さんがバックをつくる過程を映像で紹介していた。

あまり興味がなかった私であったが、それを見ていると

提示されている値段で買っても

納得のいく値段だと思えてきたのが不思議である。

やはり職人の仕事には、それだけの価値が存在する。

特に、永く使いたい品物は名前で選ぶより、

職人の仕事かどうかで選びたいと思う今日このごろです。