もうかれこれ一年くらい前から結構な頻度でめぃめに手紙とかプレゼントとか贈ってはいるんだけど
自分の住所とか名前とか書く勇気が出ない
正直返事もらうのが怖いよね(._.)

手紙の内容は特に悪いことは書いてないと思います
その前後のスマの活動に関すること
めぃめの仕事のどこそこが良かったとかそういうことを基本的には書いてます

ただかなり一方的な書き方かもしれない
まず字が汚らしいので読みにくいと思う
そして言い訳が多い
自分に対しては異様にネガティブなことを書いていると思います
もちろん素性を明かすようなことは書かないし
書いても仕方ないのですが
みょーちきりんな哲学まがいのことを書き連ねて煙に巻いてるのが自分でもよく分かってる

僕は手紙を書くことに対して確かに何か求めているのだけど
それが何か分からなくなってきました
僕は何がしたいんだろう
何故住所が書けないのだろう

きちんと届いているのか届いていないのか確認する手段は少なからずあるとは思う
でもそのどれをも僕には活用できない
まぁ考えすぎなんでしょうけど

最も簡単な方法が住所を書いて返事を待つこと
僕自身は何者でもないのだけど
何者でもないままで居るのも寂しいわけです
必然的に本名は晒されます
その時にも僕は何者でもない何者かのままで居られるのか

僕は何者でもない何者かで居ることに慣れすぎてしまって
この実体と言うものを失いつつあります
でも実体がなければライブを観に行けないし
手紙も書けない

いややっぱり僕はどうかしてしまってるんでしょう
僕の頭はめぃめのことでいっぱいすぎる
それが本当に悲しい

プレゼントも無用のものばかりだと思う
けれどただ手紙だけと言うのも何か味気なくて
いや本当は何も要らないと思われてるかもしれない
そもそもよく知りもしない人間からモノをもらって素直に喜べるものか

そういう諸々に思いを馳せると
僕はことごとく道を誤ってきた気がしてならなくなる

でも結局一度手紙の末尾にでも自分の住所を書き添えてやれば全てにカタが付くのだろう
ただ今までプレゼントボックスに忍ばせてきた無数のガラクタが
まとめて送り返されてくることを想像すると
頭を掻き毟りたくなるけど笑
でも何をどうあがいてもそれが唯一にして最善の方法なんだ

そんなことを毎回懲りもせず手紙を書く際に考えつつ
また匿名の個人として投函してしまうのです
これもまたひとつのパラノイア的な夢なのかもしれませんね
存在しないことで存在するみたいな
やっぱりこの考え方は病的ですね

おわぁこんばんは
ここのドルヲタは病人です
とゆー感じ←

僕は何がしたいんでしょう
僕が手紙書くのをやめたらめぃめはどう思うのだろう
次出すとしたらちょうど誕生日前くらいだし
これを機会にちょっと動いてみるとするかな

仮に返事もらえたとしても
多分当たり障りのない感謝文なんだろう
流石にもう二度と手紙書いてくれるなとかプレゼントなんか要らないとか
書いてくることはないはず
いやむしろそれくらいの方がすっきりするんだけど笑
でも客商売らしい手紙が来るんだろうな
と言うことは想像に難くない
それが二の足を踏む原因でもあったり

僕が自由意志にもとってやったことに対し
受け入れようが斥けようがそれは向こうの自由であるし
その評定を報告する義務は向こうにはないわけで
いつもありがとうございますくらいで済ましてくるだろう
それも分かってる

だとするとそれで何かが解消されたことになりうるだろうか
と僕はそこまで思いつめてしまっているので
うーんやっぱり何をしてもしょうがないんだな

でも今度こそは書くことにします
全部終わるなら終わりでいい
僕はあまりにも虫が良すぎる
とまぁそんな話でした。。。