今日は、東日本大震災から7年が経過ですね![]()
あの日、あの地震のとき、どこで過ごしていましたか![]()
今日の写真は、2011年ころのジョンの写真です
ジョンママは、会社で仕事をしているときに地震にあった
電車が止まり、自宅が遠い人は帰宅をあきらめ、会社に泊まる準備
ジョンママは、帰るため同じ方向の人達と一緒に会社を出発した
自宅に帰るまで、ジョンパパの職場があり、ジョンママの実家がある
会社に泊まることも出来たし、ジョンパパの職場や実家に泊まることもできたけど、
ただひたすら、自宅を目指して歩いた
5時間歩くと、ヒールの足は感覚がなくなったけど、道中にあった靴屋さんでは空箱が積み上げられて
もうスニーカーなんて買えなかった
一緒に職場を出た人たちとは、大きな道で1人わかれ、2人わかれ、それぞれの自宅へ歩いて行った
最後は、暗い道を、感覚のない足でただひたすら歩いた
頭の中にあったのは、その当時住んでたマンション
まず、マンションが倒壊したり傾いたりしていないか
家の中に入れるんだろうか
もしマンションが無事でも、家の中は食器棚が割れてないか、本が散乱してないだろうか
クローゼットの中がぶちまけられたりしていないか
そんな中を・・・・・・ジョンがたった1頭でどうしてるだろうか
誰かが、マンションの扉を開けて救出したり、もしくは逃げ出したりしていないだろうか
ジョンがガラスの破片を踏んで怪我をしていないか
落ちてきたもので怪我をしていないか、身動きが出来なくなっていないか
足がしびれても、歩いて帰らなければならない理由がジョンママにはあった
最後は、自分をふるいたたせるため、歩き続けるため、ただ『ジョン、待っててね』って言いながら歩いた
角を曲がるとマンションが見えて、マンションは無事だった
マンションに入ると部屋も無事だった
鍵を開けると・・・・・・・・お腹が空いて怒ったジョンが走り寄ってきた
ジョンは、無事だった
幸い、食器棚もクローゼットも造作家具の固定式で、耐震ラッチが利いていたので、
扉は一切開いてなく、物も散乱していなかった
ジョンは、ただ、単にジョンママの帰りが遅くて、お腹が空いてただけ
抱きしめたジョンママに・・・・フゥ~~~~ン、って鳴き声でご飯を催促しただけ
あの日、急いで帰ったけど、23時をまわってた
5時間超かかり、足の感覚がなくなるほど歩いた
でも、ジョンが無事で良かった
翌朝のニュースで、東日本大震災の影響がどれほどのものか知って驚いた
翌日から、豆腐や納豆が、お米が、スーパーからなくなったけど、買いだめはしなかった
乳飲み子がいるわけじゃなし、あるものを食べれば問題なかったから
あの日、必死に歩いて帰ったことが、あの震災で一番記憶に残ってる
あれ以来、会社にはスニーカーを置いている
ドッグフードは何でも食べられる様に、普段から色々な種類をあげる様にしてる
そしてドッグフードやシートは買い置きをして、迷子札はいつも装着
キャンプを始めたことで、もしも避難が必要になった場合、犬と共にキャンプ道具で過ごすことができるだろう
あの日ジョンは、1頭で不安な時間を過ごしただろうけど、その後、地震を怖がることもなくて安心した
それぞれの家庭で、あの震災を色々な教訓にしてると思う
ジョン家は、震災の後、2011年7月から保護活動を始めた
今一度、気持ちを引き締めて、震災に備えたグッズの準備、備えたトレーニング
東日本大震災の経験を、教訓としなければいけないね![]()







