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宮城・多賀城からこんばんわ。

どうも、Johnです。
生きてます。
ムダなくらいに元気です(笑)



まずは何から話しますかな。
地震に遭う前からお話ししますかね。



3月11日の朝から私は、家族とバスツアーに出かけておりました。

初日は、栃木県栃木市にある「蔵の街」、茨城県水戸市の「偕楽園」を回り、千葉県成田市のホテルで一泊。
翌日は、成田から南房総市の「大房岬」に移動、そこから「富浦漁港」まで、海岸や菜の花畑を眺めながらウォーキングし、最後は東京湾アクアラインの「海ほたる」で買い物して、帰仙・・・という予定だったんですが・・・。

あの巨大地震のせいで、初日で強制終了となってしまいました。



地震に遭遇した午後2時46分、私は、水戸市から成田市に向かうバスの車内にいました。

交差点にバスが止まった瞬間、揺れが始まりました。
まずは5秒ほど、バスが緩やかにヨコ揺れ。
(振り子が2秒ほどで元の位置に戻るようなヨコ揺れ)
その直後、もしかしたらバスが倒れるんじゃないかと思うくらいの激しい揺れが10秒ほど。
(振り子が1秒ほどで元の位置に戻るようなヨコ揺れ)
その後、緩やかな揺れが10秒続き、揺れがおさまりました。



当然、バス車内はパニックです。
あんなに強烈な揺れを、体感したんですからね。



添乗員さんが慌ててラジオをつけると、聴こえてきたのは「宮城県沿岸に津波、予想高さは6m」とのアナウンス。



動揺が一気に高まり、無論ツアーは中止。
バスは仙台まで帰ることになりました。

しかし、あの強烈な揺れ故に、高速道路は使えないもんだから、一般道を通るしか選択肢はなく・・・。



結局、茨城県・栃木県の一般道路を経由し、国道4号を北上するルートを行くことに。



そして、幾多の大渋滞に遭遇しながら、26時間かかって、ようやく自宅近くでバスを降りることになったのです。



ちなみに、出発点の仙台から、高速道路を経由した、栃木県栃木市までの道のり。
かかった時間は、休憩を抜いても4時間ほど。

ほぼ同じ道のりを、地震後に辿ったのですが、かかった時間は実に20時間ほど。



まるで深夜バスに乗ったような感じですよ。

「水曜どうでしょう」を見てるので、長時間のバス乗車がどんだけ大変か、ある程度は知ってるつもりでしたが・・・。

やはり、「百聞は一見に如かず」です。
想像以上にハンパないです。

「水曜どうでしょう」で言ってた「バスにやられる」。
今回、この言葉の意味を身を持って体験しました。



さて、バスを下車してからアスファルトの道を歩き、我が家に向かいました。



家は、数ヵ所に細かいヒビが入ってましたが、生活するぶんには問題なく、無事。

ただ、着いた当時はライフラインが全てダメ。
家に帰ってきてから3日間は、給水の水と乾物を使って、細々と生きておりました。

そして、帰ってきてから4日目の、15日火曜日の夕方。
電気が復旧しました。

そのまま、今に至ります。



ひとまず、1つ言えるなら、電気の復旧で「テレビ」「電気ポット」「電子レンジ」「ケータイ充電器」「こたつ」「エアコン」等が使えるというのは、大きいですね。

オール電化のキッチンだったら、劇的に違うんでしょうけど。





正直、蒲生に住んでる親戚の家が被害に遭ってしまいましたが、それ以外は、私の家族や親戚、友人や親友、いずれも無事が確認できています。



私JohnCustomはムダなくらい元気です。
心が折れるような事なく、無事にございます。

このブログを御覧の皆様。
これからも宜しゅうに。












巨大地震を体験したら、普通は動揺するんだけど、私自身は地震後もかなり冷静でした(苦笑)

ラジオから「予想される津波の高さは6m」と聴こえていたとき、「・・・眠たい」ってつぶやいていたもんな(笑)

・・・何事にも冷静なのは、どうなんだろうか・・・