ヨハネ第一の手紙 5章 ・・・ 互いに愛し合うための力




5:1 イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によっ
て生まれたのです。生んでくださった方を愛する者はだれでも、
その方によって生まれた者をも愛します。
5:2 私たちが神を愛してその命令を守るなら、そのことに
よって、私たちが神の子どもたちを愛していることがわかります。
5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令
は重荷とはなりません。
5:4 なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つから
です。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。
5:5 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる
者ではありませんか。

ヨハネ第一の手紙 5章1節~5節



 ここまでの1~4章で神は愛であること、そしてその

愛の中にいる神の子達は、互いに愛し合うという神の命令

を守るようにと学んで来ました。そしてここでは愛し合う

ことが出来る明らかな根拠を示しています。互いに愛し合う

ということは私たちの肉の力では無理です。しかし3節では

神の命令を守ることは重荷にならないと断言しています。

4節では、今までとは違う展開のように思える言葉が出て来ます。

「世に勝つ!世に打ち勝った勝利!」それは互いに愛し合う

ということが世の力との戦いであることを現わしています。

そしてその戦いに、信仰によって世に打ち勝ったのだというの

です。なぜ私たちが世に打ち勝ったのでしょう。

それは、私たちの内におられるイエス様がすでに世に勝った

からです。大きな戦いではもう主は勝利を取っておられます。

しかし、私たちの日々の小さな戦い(戦いの中にいる時は、小さい

戦いとはとても思えません。)の中で敗北することはあり得る

ことです。戦いに勝利するのは、信仰です。そしてその

信仰の源は、イエス様です。信仰は私たちが自分の力で

大きくしたり、まして作ったりは決して出来ません。

以前私は祈ったり、断食すると信仰が増えると勘違いしていました。

ハッキリと言葉にしたことはなかったかも知れませんが、

何となくそう思っていました。しかし私たちの側の肉の努力

や頑張りで信仰は決して増し加わりません。信仰は上から、

創造主なる神からやって来ます。いやすでにやってきています。

それは、私たちの内にあるからし種の信仰です。

生きておられる主が、からし種として内におられるです。

からし種は生きていて、その後の成長のプログラムが

すでに入っています。その信仰で世に打ち勝ち

互いに愛し合うことが出来るのです。ハレルヤ!!




わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたが
わたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては
患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に
勝ったのです。」
ヨハネの福音書 16:33 [新改訳] 



 イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、
あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この
山に、『ここからあそこに移れ。』と言えば移るのです。どんなこと
でも、あなたがたにできないことはありません。
マタイ野福音書 17: 20 [新改訳]