また更新が遅れてしまいました。。。(結構仕事が忙しくて・・・と言い訳したりして
)
今週の金、土曜日で、岡山に出張に行ってきました
新幹線ではなくANA
で。
行先は岡山県の真庭市、9つの町村が平成の大合併で一緒になって出来た5万人弱の市です。
B級グルメの『ひるぜん焼きそば』が、今は有名ですね。ジンギスカンのタレや味噌だれを用い、
具材にカシワ肉(親鶏の肉)を使うことが特徴です。
近年では蒜山高原産のキャベツも必須の食材となっています。
ひるぜん⇒蒜山 こんな漢字です
(書けません、読めませ~ん
)
林業が盛んで、製品には出来ない不要な木材や山からの間伐材を利用して、
現在はバイオマス発電に全国のどこよりも積極的に取り組んでおり、市庁舎の電力は
バイオマス発電からまかなっているとか。
です。バイオマス「biomass」は、生物量(一定範囲内の生物の現存量)であり、エネルギーとして使用
される動植物のことを総称しています。
バイオマス発電は、この生物資源を「直接燃焼」したり「ガス化」するなどして発電します。
木は山村にふんだんに存在する自然の資源ですから、それを燃料として活用することができるなら、
外部からわざわざガスや石油などの化石燃料を買う必要はない。
また、エネルギーを自給するためには、燃料源である森林や川の維持管理などといった仕事も必要で、そこから雇用が生まれ、地域経済も活性化する。
さらに、樹木も水も自然のエネルギーであるから、二酸化炭素など温室効果ガス排出の心配もなく、
さらに、樹木も水も自然のエネルギーであるから、二酸化炭素など温室効果ガス排出の心配もなく、
地球環境保全にも貢献できる……。
まさに次世代のエネルギーというわけです。
まさに次世代のエネルギーというわけです。
少し勉強になりましたね
ところで、私は目的地に行く機内で聴く音楽が結構楽しみで、
ANAでもJALでも必ず利用させてもらっています。
おっと発見
、久々にオフコースの実質のデビュー曲とも言える『僕の贈りもの』がリストに!
なぜ実質のデビュー曲か?と言うと、1970年4月5日に『群衆の中で』でデビューしたが、
小田さんはこの頃は作詞も作曲も手がけておらず、鈴木康博さんと二人になって初めて、
自分達で曲作りをしたのが、この『僕の贈りもの』なのでした。
今の小田さんも良いのですが、この頃のオフコースの曲は、初々しく、また今よりも切なく、
そして、いろんな想いを呼び寄せてしまう、そんな不思議なパワーを持っています。

1973年2月20日にオフコース(当時の表記はオフ・コース)
通算4枚目のシングル として発売。
やさしい風が吹いたら 小田和正
二人・・いまを・・生きて・・いれば・・
僕の友人で馬鹿な奴が居てねぇ、ある英語のテストで、
昔聴いた童謡で間違って覚えてたり、どう考えてもおかしい歌詞があったりしますよねぇ。
『赤い靴』
赤い靴はいてた女の子 ひいじいさん(異人)に連れられて行っちゃった
『クラリネットをこわしちゃった』
『ふしぎなポケット』
『ペチカ』 この曲、小学校唱歌から消えた!んですって。何でかと言うと、
『金太郎』 まさかりかついで金太郎 熊にまたがりお馬のけいこ
『どんぐりころころ』 どんぐりころころ どんぶりこ お池にはまって さあ大変
『かわいいかくれんぼ』 ひよこがね お庭でピョコピョコかくれんぼ・・だんだんだれがめっかった (ひよこでしょ!って)
『サッちゃん』 サッちゃんはね サチコって言うんだホントはね だけどちっちゃいから
大学在学中ににスカウトされ、1976年にCBSソニーから「蒼い旅」で
岡山県真庭市出身の岸田敏志さん、地元でこんな活躍もしています。
きみの朝 岸田智士
自身の意向と異なるアレンジだったせいか、コーラスを含め、ライブでは一度もレコードに準じたアレンジで演奏せず、5人のバンド編成になってからもギターとピアノだけの構成で演奏した。
で、なんと小田さんの『やさしい風が吹いたら』も別のコーナーで紹介されていました。
『その日が来るまで』との両A面シングルで、2曲とも松たか子、JUJU、キヨサク(MONGOL 800)が
コーラスで参加しています。なんとも豪華なコーラスメンバーですね。
ショートバージョンで繰り返す聴くことはできませんが・・・・。

その日が来るまで/やさしい風が吹いたら は、小田和正の
通算29枚目のシングル。2013年4月24日に発売。
テレビ朝日テレビドラマ『遺留捜査』の主題歌として起用された。
それだけで 幸せと思ってた あの日
やさしい・・風が・・吹いて・・きたら・・
歩き始める それを君も 待っているはず
話はガラッと変わりますが、実は機内で、もうひとつの楽しみは『落語』、まず聴き逃しませんよ
こんな面白ネタがありましたので紹介します。
『私は東京に住んでいます』を、過去形にして英語で書きなさいって問題に
I Live in EDO(江戸)って答えたんですよ~ 馬鹿でしょう。(ある意味賢いんじゃないの)
例えば
(お墓参りかよ!)
http://www.youtube.com/watch?v=kcsca5yEAM4 (実は怖い歌ですね)
歌の最後の方で、ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない
(全部出ないんじゃん、そんなの捨てろ!って でしょ!)
ポケットの中にはビスケットが一つ、ポケットをたたくとビスケットは二つ
(そりゃ割れてんでしょ、中で!)
(これ、面白いです、グッチ裕三)
ちょっと脱線しますが、ビジーフォーが結構、私のツボなんで、これを是非
もう、ペチカってあまり見ないから、 どんなものかわからないってことで・・・。
これ、おかしいでしょ、じゃあ、皆さん、見たことありますか?
『おさるのかごや』・・・『めだかの学校』
(お馬のけいこは、お馬でしなさい!)
どじょうが出てきて こんにちは ぼっちゃん一緒にあそびましょう
(助けてやれって!おぼれてんでしょ!)
自分のこと サッちゃんって呼ぶんだよ おかしいね サッちゃん
(なにがおかしいのぉ~いいんじゃないの。よしこちゃんだったらおかしいけど)
こんな感じで、機内を楽しんでおります、メモ取りながら・・・。
また、なんとも長~い前置きで、本題が何だったか?。。。
さあ、気を取り直して、岡山県真庭市・・・どんな著名人がこの地の出身なんだろう?って調べてみたら
音楽系で『岸田智士(きしださとし)』(現在は岸田敏志)さんがいらっしゃいました!
そう、モーニング
の人!この方が岡山県真庭郡落合町(現・真庭市)出身でした。
大学在学中ににスカウトされ、1976年にCBSソニーから「蒼い旅」で歌手デビュー。
その後、1979年にTBS系列のテレビドラマ『愛と喝采と』で俳優としても
デビューする。
そのドラマの挿入歌「きみの朝」(ドラマの中では「モーニング」という
タイトルだった)を歌い大ヒット、
岸田自身の代表曲となる。
『愛と喝采と』のスタッフが『3年B組金八先生』を手掛けることとなったため、『金八』主演の打診が行なわれたが、「きみの朝」のヒットによりコンサート活動などで多忙となり、当時同じ事務所所属だった
武田鉄矢が『金八』に出演することになった。先に武田が作詞した主題歌「贈る言葉」の作曲も依頼されたが、レコーディングまでは至っていない。その後、桜中学シリーズの第2弾となる『1年B組新八先生』に主演した。
ってことは、岸田智士が忙しくても、金八先生を断っていなかったら、
今の武田鉄矢はなかった!
あの名曲『贈る言葉』は世には出ていなかった!と言うことです。う~ん、こわいというか・・・。
人生って織り成す糸のように、いろいろ縁や運が微妙に絡んでいるのですね。
岡山県真庭市出身の岸田敏志さん、地元でこんな活躍もしています。平成23年4月1日、
母校の岡山県立落合高等学校が岡山県立久世高等学校と合併して
岡山県立真庭高等学校となった時、その際新しい校歌の作詞作曲を依頼され
「岡山県立真庭高等学校校歌〜風の階段〜」を制作しています。
素敵じゃないですか。
凄いです。
ではその校歌ではなく・・・
モーニング
『きみの朝』を今回のラストソングにします。ありがとうございました

1979年3月21日発売
オリコンでは自身唯一の最高1位(5週連続・1979年7月度月間
1位)となり、シングル売上は約60万枚を記録。
また1979年度の年間順位は第15位だった。
TBS系『ザ・ベストテン』では、同曲が岸田の歌で唯一の
ランクインとなり最高2位。1979年5月31日放送が初出演、
8月23日まで10位以内に入っていた。