オフコース
1981年、82年の武道館LIVEをアップします

どうしても彼らの曲を聴くと切なくなってしまいがちですが、人にはサイクルやバイオリズムがあるから
毎日だとキツイけれど、聴きたくなる時が必ずやってきます
失恋したり、事がうまく運ばなかったりして、心がマイナス思考の時に、オフコースは如何なものかって
思われますが、立ち上がる為の静かなる序曲って感じで、聴きながらエネルギーを溜めていました
奈落の底に落ちないところで、踏ん張るんです!
そう、なんだかんだと多感な時期だったんで、オフコースには思い入れも想い出もあります
ではでは、そんな?オフコースのライブ映像をお楽しみください
(私も含めて)

1980年12月1日発売 

アルバム『We are』からのシングルカット。2人時代・5人時代では唯一全曲が小田さんの曲というシングル。ミディアム・テンポの、ファンに人気なナンバー。

1980年6月21日発売 

「さよなら」に続く大ヒットシングル。オフコース・ブームをさらに加熱させました。ディスコ風のビートと歌詞が印象的な問答無用の名曲!アルバム『We are』にも収録されていますが、シングルでは冒頭にフリューゲルホルン(演奏は富樫要さん)のソロがあります。

1979年12月1日発売 
オフコースを全国的に一躍有名にしたシングル。小田さんが「ヒットさせようと思って」作った別れのロックバラードで、案の定オフコースの最大ヒットに。オフコースといえばこれを思い浮かべる方も多いことでしょう。ダイナミックなアレンジと美しいハーモニーは何度聴いても感動もの!しかもアルバム未収録なのがすごい!!

1979年1月20日発売 

オフコースが5人編成になって初めてのシングル。ロック色を打ち出したオフコースの代表曲。ライヴでも定番で、後年小田さんもセルフ・カヴァーしている名曲中の名曲。この曲のヒットからオフコースはロック・バンドに成長してゆきます。

1981年12月1日発売 

アルバム『over』と同時発売されたシングル。A面はその冒頭を飾ったオフコースらしいロック色の濃いチューン。一方B面は、なんとクリスマスソング!!アルバム未収録でB面だったこともあり全然知られていませんが。小田さんとYassさんの共作で、オフコース流カロルといった感じ。この曲を作ったのは時季的な戦略?

1979年10月20日発売 
通算7作目のアルバムThree and Twoの一曲目に収められている。アルバムジャケットは表に新加入の3人が、裏に小田 • 鈴木がそれぞれ写った。それについて小田は「揉めたんだよ、レコード会社と。でも、それでも“表は新しく入った3人にしてくれ”って言ってね。俺、“かっこよさ”っていうのはそういうところにあると思うんだよ。“俺が俺が”っていうのは、かっこいいとは思わないから」

1981年12月1日発売 

通算9作目のアルバムoverのB面の2曲目に収められている。
前作『We are』のアルバムタイトルとつなげて
“We are over”(我々は終わりだ)と読めることから、暗に解散を伝えるメッセージだという噂が広まったが、小田和正は当時のインタビューで「自らを“超えて”いくことを“over”のタイトルに込めた」と答えていた。しかし、この時鈴木康博がグループを離れることが既に決まっており、小田は、鈴木のいないオフコースを続けることはできないという気持ちを強く持っていたことから、実際に解散も考慮されていた。1982年の武道館でのコンサートの際、「言葉にできない」が演奏されたとき、バックのスクリーンに“We are over”というメッセージが投影された。
このアルバムのレコーディングの模様は、ドキュメンタリー番組『若い広場』で放送された。
B-2「哀しいくらい」は、後に小田がシングル「ダイジョウブ」のカップリングとしてセルフカヴァーしている。