水溜りボンドSPECIAL STAGE at 幕張メッセ。
水溜りボンドというコンビを応援していて良かったなと思いました。
1発目の猿でもわかる、そして2曲目のオリーブの枝。
泣きそうになりました。
お猿さんがステージに上がってきた時、自分でも信じられないのですが、ジャニーズのコンサート以上に「きゃァァァあああああああ!」と叫びました。
自分こんな声出たんや、やば。って今なら思います。
「喋りしかないから」
と言ってライブハウスに立っていた彼らが、自分の歌を歌い、必死に美しくパフォーマンスしていました。
お遊戯会じゃなかった。
ショーだった。
もちろんその系統のプロから観ればとかいう話は知りません。
水溜りボンドのファンとしての目線ではありますが、それでも2人はお遊戯ではなく、エンターテイナーとして魅力的だった。
ダンスが苦手なカンタさんが違和感なく踊っていました。
どれほど練習したんだろう。
幕張メッセにかける想いがどれほどのものだったのか、1発目で思い知らされました。
広いステージで人を楽しませるには、どうしても喋りだけでは厳しいものがあります。
歌やダンスはとても分かりやすい、広いステージで使える武器です。
これは、少し力があれば案外簡単に所持することが出来る武器なのかもしれません。
でも彼らはそういうのがやや苦手です。
そして彼らの所持する理由は「カッコイイから」「やってみたいから」というより、「みんなを楽しませたいから」です。
だからMVを動画として出す。
イベントだけでなくネットだけの人も楽しませたいから。
彼ららしくお猿や鳩で撮る。
ただのアイドル化ではなく、面白い作品として楽しませたいから。
なのかな、と。
あの2曲で、幕張メッセは一瞬にして彼らの世界になりました。
みんなで歌を作るコーナー。
間が空いちゃったり、録音マイクに声が入ってしまうので笑いを生み出すワードを言えなかったり、時間が押したりして、明らかに焦っていました。笑
特にトミーさん。
でもそこにカンタさんが上手く話したりそっと一声足したりしていて。
2人がコンビである理由をそこにも見たように思います。
補い合って進んでるんだよなと改めて思いました。
そりゃそうだ。7000人。
不安だろうなぁ、怖いだろうなぁ~と。
でも私はこれが水溜りボンドっぽくて好きでした。
観客と一緒に作る感覚というか。
偉そうに言うと、私は2人の保護者みたいな視点で見てました。笑
水溜りボンドを「応援する」ということは、水溜りボンドの動画を純粋に楽しむということを超えて、2人の青年の物語を隣で覗き見していることなんだと思っています。
出来てホッとしてる2人をみたらこっちまで安心しました。
風船リレー、勇者の新作コント、相方プレゼン。
全てが最高でした。
そして、手紙。
カンタさんの「数字に押しつぶされそうな時がある」とか、「みんなに離れて欲しくない」とか。
胸がギュッてなりました。
最近カンタさんは胸の内を吐露するようになったなと思います。
カンタさんという人間には、彼の言葉を借りれば「余白」が多かったと思います。
何考えてるのかわからない動画職人というか。
トミーさんは文章が得意だけども、カンタさんは不器用で苦手というのもあったのかなと思います。
でも2019年、彼がいま何を考えているのか、不器用ながらも視聴者に届けるようになってきました。
メンバーシップも、Instagramも。
彼という余白が彼を苦しめたのかなと思いました。
視聴者が想像出来る場所。
それがエンターテイメントだと言われればそうなのかもしれません。
動画を投げるだけで感情はいらないんだとさえ言われるかもしれない。
でも私はカンタさんの動画だけじゃなくて、彼という人間が好きで、彼というリアルな内面まで愛して応援していきたいと思っています。
だから今の彼がすごく好き。
悩んだり苦しんだり、彼という人間を垣間見ることが出来るのが嬉しい。
全部まるごと好き。
毎日心を軽くしてもらっているんだから、私は彼がなにか傷ついた時、少しでも心が軽くなるような言葉を届けたいなと思います。
トミーさんの「ついてこいとは言いません。僕らと一緒に歩きましょう。いつまでも。」という言葉。(文脈ですが)
水溜りボンドらしいなと思いました。
ファンにどこまでも寄り添って、信頼してくれる。
そんなあなた達だから、
こんな言葉おこがましいかもしれないけれども、
これまで一緒に歩いて来てよかったなと思います。
そして2人ともから溢れるお互いへの感謝。
そんなんズルいやん。
水溜りボンド一生2人で笑っていてくれ。
幕張メッセは、2019年9月29日、水溜りボンドのホームでした。
あんなに大きい会場なのに。
温かくて、優しくて。
2人のことを大好きな人たちが溢れる空間って、大きくなっても変わらないんだなと思いました。
またおこがましいことを言いますが、
一緒に歩いてきたっていう感情があるからかもしれないです。
エンターテイメントを享受しに来たんじゃなくて、
水溜りボンドという物語の一部分を一緒に作りに来た。
そんな人が多かったのかなと思いました。
水溜りボンドが幕張メッセをやった意味は間違いなくあったと思います。
彼らの歴史に必要なピースだったとさえ思います。
大きな箱でアイドルみたいにやったんじゃない。
水溜りボンドが、水溜りボンドらしく引き出しを増やして、水溜りボンドらしく走り抜けてた。
2人で肩を組んで、手も繋いでいたように思います。
まだまだ続くね。
水溜りボンドという物語。
次はZeepNamba。
その次は、どこに行きましょうか。
いつまでも2人に寄り添って、一緒にいるから。
また20人のトークライブに戻ったとしても、その時も変わらぬ声で笑うから。
そんな偉そうなことを思いながら、幕張メッセを後にした私は幸せ者だと思いました。
ありがとう水溜りボンド。
心からの感謝を。
大好きです。
あの場所にいた人たちみんな、水溜りボンドのこと好きなんだよな。
最高だったな。
幸せ。
