その後も、霊的な本を読んでおります。
今は、ラーマクリシュナに関する本にハマっています。
どの本にも出会えた必然を感じます。
世の中には、ただの不思議好きを満足させるか、やたら哲学的解釈に向かうか、はっきりしたゴールもないような内容にとどまる本が多い中で(言い方悪くてすいません。。)、
個人的な感想になりますが、手に取る本は、ありがたいことに、縁が縁をつなぎ、意義深く、深遠な言葉や教えが詰まっている本ばかりです。
理解の段階に応じて、縁を繋いでくれる霊界の奉仕者への驚きと感謝の気持ちが絶えません。
また、本はただ知識を与えてくれるだけなのは、十分承知の上で読んでおります。
霊的生長は(にかかわらずすべての成長は)、経験や体験をもってしなければ、自分の身にならず、ほぼ意味がないことは、僕自身よく理解しています。
それらは智慧を持った、理解したということにはなりません。
しかし、若年のころより、不思議な体験をして、様々な(善悪さまざまな)霊界とのコンタクトの印があったにもかかわらず、
自分自身の「無知」からくる「恐怖」のために、ほとんどの場合拒否して、力ずくで退けてきました。
(マサトさんのブログに出会うまでは)
それが、いかにバカバカしいか、ある意味チャンスを逃してしまったかを(もったいないとも言えます)、知りました。
僕も現代の多くの人たちと同じく、霊的知識が極端に欠如しているのです。
これらの本を読むことは、そんな基本的な霊的無知を正してくれることにもなっています。
乾いたスポンジが水を勢いよく吸収するように、知識を吸収してる自分を感じます。
ほとんどの場合、合点がいくことばしかりで、「へぇ、そうなんだ!」と鵜呑みにするような感覚ではないことが多く、(また、そう心がけていますし、自分の意識をよく観察・監視しながら読んでいます。)
聖賢たちの言葉や、体験には、本当に本当に、励まされるのです。
と同時に、自分の幼さ・未熟さ・弱さも痛感するのですが。。。
しかし、一方で、世の中との隔たりも感じていってる事も否めません。。