驚きました。


二年以上ですか・・?


ここで知り合ったみなさんのことは忘れたことなどありませんよ。


思い出しては、感謝の気持ちと心の中でハグする気持ちはいつも持っていました。



皆さんへの想いを書き綴りたい気持ちも山々ですが、


失礼ながら、それはまたの機会にしまして、


思ってること書かないと忘れそうなので、ブランク明けにもかかわらずいきなり、書いてゆきます。






あれから、突然忙しくなり、ここでの更新は時間はあきましたが、


生活していく中での折々に、書きたいことは山ほどでした。




やっと今こうして、気持ちを整理して、ブログを書こうとすると、


この二年ほどの時間は、自分の心の変化と生長をさほど実感することもなく、


あっという間の年月のように思っていましたが、実は、大きく変わっているんだということに気づかされ、


今、自分でも驚いているところです。




何が変化したのか、細かいことは追って文章にしていくとしまして、


大まかに、僕自身を振り返る気持ちで、心(意識)の変化を紐解いてみますと、



一つは、「祈り」に対する一層の確信が生まれ、信念となったこと。


もう一つは、神々と、さらにその創造主である大いなる至上者(正直、なんて表現したらいいのかわかりません・・)を想う心(意識)、なんだと思います。



そして、日常の中で襲ってくる疑いや弱心といった、負のベクトルに負けることなく、それらの想いを深めていくことができるか。


ということに今は尽きている感じです。



何があって、どのようにして、そんな心境になっていったのか、ということですが・・






あぁ、もっとちゃんと心の変化の過程を自分の備忘録の場でもあるここに、文章で残しておくべきでした。。。


仕方ないとはいえ、後悔しています。


もはや、自分の中では過去のもの、古いものとなってしまった意識や認識がうまく掘り起こせません。。


どうやって理路整然と文章にしたらいいのかわからず、少しパニクっています。。


同時に、少なからず変化して、生長していたんだなと、自分で気づくことができています。







始まりは、もちろん、マサトさんをはじめとする、ここで知り合った皆さんとのコミュニケーションでした。


そして、今回のテーマである、有意義な本たちとの出会いです。


これは、第二の意識革命を力強く、鮮明に引き起こしました。


(第一は18~22歳くらいまでの意識も環境も変わった頃。不思議体験もたくさんしてた頃ですね。)



どのような本に出会ったかといいますと、


まずは、スピ温泉番長さんに紹介してもらった、完璧な指南書、葦原瑞穂著の 「黎明」。


その本がきっかけで、イエス様の生の教えである 「心身の神癒」 という本を手に取り、


五井昌久著の 「世界人類が平和でありますように」 (この本も「黎明」がきっかけになっています)


また、「黎明」をきっかけに、パラマハンサ・ヨガナンダ著の 「あるヨギの自叙伝」


「あるヨギの自叙伝」をきっかけに、スワミ・スリ・ユクテスワ著の 「聖なる科学」


そして、 「バガヴァッド・ギーター」 (古代インドの聖典)にたどり着きました。



【一冊一冊、ある程度時間を置いて出会いました。

内容にまったく無駄がなく、神聖に輝くこれらの本に書かれてることは、驚きと感動の連続でした。


このような珠玉の教えが書かれている本が、市販され、誰でも読めるという事も、無知な僕には驚くべき事実でしたし、市販され誰でも手に入れることができるにもかかわらず、知らない人、興味ない人、感知できない人には、あたかもこの世には存在してないのと同じだということが、こういった種類の本との出会いというのは、不思議な必然性が秘められているのだな。と感じました。】



まだ、読んでみたい興味深い本は他にもあるのですが、


この、


「黎明」

「心身の神癒」

「世界人類が平和でありますように」

「あるヨギの自叙伝」

「聖なる科学」

「バガヴァッド・ギーター」


という順番で出会い、読み進められたことは、僕にとってものすごく意味があったのではないかと思っていて、

この順番で読んだことは、僕にとって、霊的な理解をとてもとても深めることに効率よく繋がっていたことが後からよくわかりました。


指導霊の配慮に心から感謝です。



たとえば、今思うと、「バガヴァッド・ギーター」は最上の霊的智慧の書であると思っていますが、最初に読んでいたら絶対に深い理解には及ばなかったと断言できます。


内容そのものが理解できなかったであろうことはもちろんのこと、訳された時代の背景や、その時代(訳された時代)までの霊的な理解度、カーストに対する社会通念などが正しい理解への障壁になってたりするからです。

【カーストとは、至上者(神)自ら設けた、本来霊的なものであって、物質社会における上下関係などでは決してなく、魂の成長過程に則した必然的な位置、その段階での必然的な(生長を促すことになる)義務のことを言っているのであって、物質次元の者達が勝手につけた単なる肩書きによる身分やステータスではないのです】



一にも二にも「黎明」に最初に出会ったことが、最善の第一歩であったことが今ではわかります。(個人の意見です(笑))


スピ温泉番長さんに心より感謝です。



次は、これらの本との関わるなかでの、意識の変化や、あったこと、自分自身で常に注意していることなどを書いていきたいと思います。