「愛」の反意語 は「罪悪感」。。
十代のころにこれを聞いてから、ずっと自分の中で考えてきたことです。
そうか? 悪意とか憎悪じゃないのか・・? と。
答えは一つじゃないかもしれないし、
「悪意」「憎悪」も一つの答えなのかもしれません。
そもそも!
自分の中に答えなど出てません!が、
愛の反意語は罪悪感というのも、うなずける。と思うようになったので、書いておきます。
「愛」は「共有」という見かたをしてからです。
共有。
繋がり。和(輪)。共感。思いやり。などですよね。
「罪悪感」は、要は自己否定です。
ぼくなんかが・・わたしなんかが・・・
いままでこんなことしてきたのに、いまさら手のひら反してこんなこと・・
できない。恥ずかしい。申し訳ない。嫌だ。
といったこと。
これらは、手を差し伸べようとするもの、または、自分の中に芽生えた光を、他の何でもない、自分自身が拒否する感覚であり、反応でしょう。
繋がり・共感・思いやり・・「愛」を、拒否する感覚。。
罪悪感は、愛の反意語と言えると思います。