たびたび言ってることですが、

僕は、信仰とはなにか、神に護られて生きるということはどうゆうことかを知るまでに、相当な遠回りと時間を費やしました。

そう思います。


費やしたというと、いかにも自分で探求したみたいな言い方ですけど、

全然ちがいます。

母にずいぶん諭されていたのに、理論派左脳系だった僕は

長いこと反発して、学問的・理論的に把握しようとしていました。

高校ぐらいにもなると、哲学にも興味が向き始めてたので、なおさらです。


世の中のすべてのことは、哲学的見地で理論的にまとめることができると。。

そういったモノの見方に、面白さと生きがいみたいなものも感じていたくらいです。


母の行く教会の人に、「あなたたちが言ってることが正なら、過去の賢人(プラトンのような哲学者)はなんなんだ?過去の賢人並みに、白黒はっきり納得いくように説明できないと、だめじゃないですか?」みたいなことを本気で言ったこともあります。


視点が違いすぎて話しにならないですよね。。


学問的哲学の見地が上だと思ってるのですから。。


自分は少しは頭が切れるのだといううぬぼれ。。


そして、基本的に神など存在しないと思ってるからそうなるのです。


これが大間違いで長く苦しむ遠回りの原因なのでした。


ここから抜け出すのは並大抵ではなかったです。

自分が切れ者だと思ってる輩は特にタチがわるいのです。

あの結婚~離婚の暗黒郷という荒治療を経験してやっと、神の御心、神の道の奥深さと愛情深さを知ることができたのだと思っています。



20代半ばから母の信仰を理解し、自分でも気持ちが向き始めているとわかってるようなときでも、

僕の心はあたりまえのように、思うようにならない感じ、幸せの薄い感じ、時折訪れるうざったいプチ不幸な出来事、心の隅に根付くネガティヴが感覚・・・ そのようなものが胸の片隅にあり、その度に「信仰といっても、なんだかな・・」「自分のなにが悪いんだろ」という、煮え切らない感情がわいて、迷いの道から出られずにいました。


信仰といっても、現代人はそんな感情を持っているくらいが普通だろ。という気持ちもありました。


信仰は気休めの薬か保険程度の感覚みたいな認識もあったと思います。。


こうゆうモノの考えだと、それはいつまでたっても救いの道にたどり着けないのはあたりまえでした。。。





母がずーっと言い続けていたことがあります。



どんなに知恵者でも、人間が頭で考えてるうちは、絶対に見えてこないし、救われていかないんだよ。と。

すべての悩み・迷いを、神にさらけだして、まかせて、ゆだねていきなさい。神にまかせて自分は忘れなさい。そうしたら必ず救われるからね。と。


再度、言っておきますが、母はまったく学のない、天然系です。

よくまぁ、教授クラスの父と結婚したものだと、いまでも不思議です。


母のフィルターを通されてる部分もあるとは思いますが・・・

(僕が話してもそうですが・・)




頭で考えずに、すべてをまかせる。。


なにしろ、これが、できないし、僕にはとても理解しづらいことでもありました。


自分で考え、行動し、学んで成長していくんじゃなきゃ意味がない。と常日頃思ってるタチだったからです。


それはそうですが、意味がちょっと違ったんですね。。。ずっと後になってわかったことですが。




しかし、離婚前後のあの苦しみ。。。


あの苦しみのなかでは、自分に自信もなく、考えることなんてできないこともあってなのか、

あまりの夢も希望もない辛さからからなのか・・


僕は心の中で神さまに助けを求めはじめました。


がしかし、


最初のうちは手ごたえを感じることはありませんでした。


自分であれこれ人生の方程式を頭で考えてしまうからです。


ああだったらこうだよな。。 こうしたらこうなるよな。。  これがこうだったからだめだったんだ。。とか。


そう考えてると、人は落ち込んでる時期であれば結局たいがい、自分自身を否定する方向に行きます。




辛い時期が長くなってくると、次第に、悩み・迷いをさらけ出し、すべてまかせるということを自然にするようになりました。辛さからくる必然でした。


母が口をすっぱくするくらい言っていた決まり文句だったからです。。


最初はやっぱりそれすらもうまくできませんでした。


まだ、「我」が強いからです。。


でも、目に見えない、いるかどうかもわからない「神」なるものに、解決するかもわからない気持ちながらも、


自分自身の納得は二の次にして、悩み・迷いの数々をさらけだし、丸投げしてしまうと、


気持ちが軽くなり、少し心地よささえありました。。


それまでは自分の中で、一生懸命に悩みを忘れるようにして、眠りについても、次の日には必ずまた悩みが心に暗く広がっていたのに、それがなくなっていきました。最初は気づかないくらい、徐々に徐々にです。。


あまりのつらさに、藁にもすがる思いでやっと母の言うとおりにしたのです。。



心が軽くなるのには理由がありました。


すべてを忘れて、神に祈ってると、以前にも書いたように、微かなひらめきがあり、そのひらめきを実行していくと、かならずいい作用がありました。


毎日ではないですが、そんなことが十数回ありました。


少しずつですが、確実に心が晴れていきました。





祈りの真実と、大切さをその後もいろいろな場面で、知っていきました。


そして、祈りが届くという感覚をもつことができました。





神の御心など、われわれには知ることはできません。


神界の奥の奥のさらに奥にあるのだそうです。


しかし、救いの手は、その人にしかわからないように、だからこそ、その人がはっきり気づけるように、差しのべられています。


けれどもそれは、あくまで我々が求めなければ、神様は我々をみつけられないということです。

神様のほうから、一方的に救い出すことはできないそうなのです。

長い宇宙の年月の間に、そうなってしまったのです。我々がそうしてしまったらしいのです。



それに、神様は、人間の解釈で困っているからといって、その人に同情して救うなんてことはありません。

神には神の目的があり、理由があって救うのだそうです。


まっすぐな心で求める者であれば、神は決して見捨てません。

救いには、劇的な奇跡を受ける人もいれば、日めくりカレンダーをめくるようにゆっくりと、オブラートがしだいに溶けていくように変わっていく人もいます。どちらが、その人にとって、どうゆうものがより深く理解できるかによって救われ方もさまざまです。

それは、自分よりも神のほうがよく知っていたりするのです。

僕は後者です。

わからないころや苦しい時は、前者の劇的な変化を望んだと思いますが、僕はたぶん、それだと、次には疑りだしたろうと思います。それか、助けてくれるならなんでもいいという、一番救われない考え方に陥っていた可能性も高かったろうというのが、後からわかりました。


神は必ず、その人にとって、最良の方法で手を差し伸べてくれるのです。


それを阻むのは、己の「我」でした。


救いが遅いか早いかは、

人の「我」が邪魔することと、頭で考えて自分で解決できるんだという、神の視線からしてみたら、非常に利己的で壊れた吊り橋を渡るような危うい考え方があるかないかです。


神にゆだねてから、頭で考えても遅くはないし、むしろその方が建設的で無駄が無いのです。

というか、ほとんどが考えなくていいことであることに気づいてきます。

心配・不安・恐怖なんてのは、その現実をより引き寄せるだけで、本来、神と繋がっているなら深く考えなくていいことなのです。




教会のひと(信仰者)が、誰もが白黒はっきり納得いくような説明ができないのは、ある意味当然のことだったのです。


人間の考えの及ばない神のことであること、

求めれば、その人にしかわからないような救いの手が差し伸べられることだからです。

しかし、必ず手は差し伸べられるから、躍起になっていうことでもない、そのほうが胡散臭いということでしょう。

求める心の大切さを説くだけで、80%は終了だと僕は思ったりします。

躍起になって説明するとしたら、身内や大切な人が関係してる場合がほとんどかもしれません。

でもその気持ちと行動は、愛情以外のなにものでもないと思うのです。

母が、してくれたようにです。




次回(があれば)続く。。