※この日記、なぜか途中で消えたので、思い出しながら書きなおしました。。。(-"-)※
自分のことシリーズの6ですが、内容から、「不思議体験備忘録」にしました。
30代を過ぎ、暗い状況を少しずつ抜け出していくのと同時に
不思議体験も少しずつ戻ってきました。
若いころとちがって、頻度は減りましたが、
体験はより肉迫したものが増えたように思います。
はじまりは、例によって金縛りです。
このころから金縛りとともに必ず起こる現象がありました。
それは、ブーンという頭をめぐるノイズがあり、
そのノイズの海に沈んでいくような感覚があり、
ガクガクガク!と、体が痙攣する感じになり、なにかが体の中に入ってくる(出ていく?)感覚を覚えるものです。
時には、金縛りの前にこのノイズが訪れる。
まぁ、当然、昔の記憶がよみがえり、恐怖心再燃です。(笑)
拒否しました。
ただ、昔と違うのはパワーが強くてなかなか強制解除できないのと、解除しても、またすぐにその状態になることが多いこと。
しかも、なぜか、その現象はたいがい9割以上、仕事の車の中で、同僚と仮眠してるような状況のときに起こることが多いのです。
以前にも、なにかが体に入ったことがあるので、その感じは感覚的におぼえてることもあり。。。
怖くて強制解除の日々。(笑)
このことは、他の「不思議体験備忘録」のテーマでくわしく書きます。
恐怖が先立ち、頑固に拒否し続けたせいか、また、少しずつ現象は減りましたが、
この経験が、あとあと、最近ですが、精神世界に目を向けなおす重要なキーになっていました。
30を過ぎてから、信仰や祈りや神の実在といったことに気持ちは向きましたが、
再び不思議体験があっても、精神世界を探求するような、昔の気持ちは生まれませんでした。
なぜでしょう。。わかりません。
結婚中、不思議体験もなく、しだいに過去のものみたいになってたことや
20世紀の終わりころ、ちょっとしたブームみたいになったことで、いろんな情報が混ぜこぜになって、胡散臭い人たちも出てくるようになり、自分のなかでなんとなくシラケたようなところがあったからかもしれません。
しかし、そういうことに波長があってないことが一番の理由であり、それは由々しき(?)問題でしょうね。
そしてそれは、その後の人生を左右する紙一重の問題でもあるように思います。
3年前くらいに仕事が大忙しになり、ますます普通にそういったことから興味が薄れ、かつて経験してたこともどんどん忘れていきました。
このころから、ブログも放置になりました。
アラフォー働き盛りですから。友人にメールする時間すら満足にない。そんな状況。。
今思うと、こうやって世の中の経済活動に組み込まれていくにつれ、自分でもいやだなと思いながらも、ネガティヴな状況や人、自分の感情も多くなっていきました。
僕は、少しずつ趣味の域で再開した音楽活動のおかげで、ネガティヴな感情はそこで消化できましたが、
普通のアラフォーは、こんなネガ感情をひきずりながら毎日を暮らしてるのかなとか思いながらも、そうゆう自分も、以前よりあきらかに、不況な社会生活のネガなおとっつぁんの一人になっていくような気持ちがありました。
こんなもんなのかな。。
と思い始めていました。
何かと祈りは続けていて、道に迷ったり、戻ったりと自分でもまた、はっきりしない状況を繰り返したりしながらも、祈りの大切さは理解していきました。
人は根無し草のように、すぐに光の道をそれてしまうもの。。という教えがよく理解できます。
そんな中、なにか足りない。。なにか孤立した感じがありました。
なにかを忘れてるというか。。。。
精神世界から離れてるからなのが、後からわかりました。
去年の暮、その、バカみたいな忙しい状況を抜けたのと同時に、
不思議と、かつての音楽業界のスタッフから、10年ぶりくらいに連絡があり、ギターを弾いてほしいとの連絡があり、
断るはずもなく飛びつきました。
不思議なモンです。うれしいことです。感謝です。
今思うと、ここでまず気持ちの変化がありました。オープンな心に戻るための鍵が開いたのかもしれません。
そして今年に入り、世の中はめまぐるしくなり、地震災害がおこりました。
僕もいろんなことに憤ったりして、自分でもちょっとネガティヴだなと思ったりしました。
でもなんでこんなことが起こるのか。。
そもそもネガティヴな感情って何だろう?とか思いをめぐらすようになりました。
人の幸せとは何かとか。。
その時ふっと、バシャールのことを思い出しました。
あんなに僕らを気にかけてくれてた、あの存在はどうしたんだろう。。
いるんだろうか。もうこんな地球人に愛想をつかしたんだろうか。。とか思いました。
20年ぶりにバシャールを想いました。(笑)
そして、検索しました。はじめてです。
そして・・。いろいろサイトを飛びながら・・。
マサトさんのブログに辿り着きました。
そこで精神世界は、僕の知らない間にずっと先に進んでいることを知りました。
バシャールはより直接的に接触してて、僕らを気にかけてくれてることも知りました。感動です。
はじめは眉つばで読んでいたものの、合点がいくことだらけになり、心の扉(鍵の開いてる扉)が一気に開きました。
僕は、それまで、まれにスピリチュアル系の記事に出会わなかったわけではないですが、ちょっと斜に構えてみてました。
自分も経験してるくせにです。。。いや、してたからかもしれません。。
しっくりこないものばかりというか・・そんなイメージをもっていました。
(そうゆう目で見てるからそうゆうものしか目にできなかったということが今ではわかりますが。。)
しかし、マサトさんの記事は、そんな斜にかまえた感覚すらをも突き抜けてくるものがありました。
一番、目を引いて、読み続けるきっかけになったのは、
ヘミシンクのことを書いた記事で、ざっくりとしたことしか今は覚えてませんが、
意識が変わるとき、独特なノイズのようなものがあり、ガクガクした地震のような感覚があったり、
それらは、部屋にいるときより、雑踏であったりとか、電車や車の中のようなところが起きやすいと書いてあったことです。
(抜粋してかいつまんでるので、このまま書いてあったわけではありませんが、こんな内容のことです。)
あれだ!と思いました。
それからは、足かせがとれたように、急速に自分が変わっていきました。一気にいろんなことを思い出したのです。
思い当たることの数々や、そうじゃないかと思ってたことの数々が、そのブログには書いてありました。
うれしさと、心強さが込み上げる。。(なんかの歌みたい。。)
こんな感覚は、人生3回目です。
シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」を読んだ時。
バシャールやエクトンのセッションの本に出会った時。
そして、マサトさんのブログです。
マサトさんのことは、僕の他の日記にも書いてありますので、またここで言うことは控えますが、
とても深くて壮大で、すごいブログです。☆
気持ちが軽くなり、へんな孤立感も薄れてきました。
はじめは、信仰との精神世界の気持ちの兼ね合いにしっくりいかないものを感じていました。
それは、若いころからずーっとです。
しかし、思いました。
神を想い、他を祈る心は、おそらくどの次元にいても変わらないことだろうと。
人間の介在した教えを考えるから、複雑になるんじゃないかと。
シンプルにシンプルにしていくと、ズレはなくなることに気づきました。
自由や幸せを想う(祈る)気持ちです。
逆に今は信仰心があったから、アラフォーになった今も、精神世界を特異な目で見ることもなく、また、探求することができたのだろうと思います。
過去の体験だけだったら、眉つばモノばかりに目がいき、気持ちに深く共鳴するものを発見できなかったと、強く思うのです。
この時世に、この気持ちを得られたのは、もとを辿ると、母の想い(祈り)があったからだと、思わずにはいられません。
母に、感謝です。
この、個人的備忘録シリーズはこれで終わりです。