離婚した配偶者と結婚生活のことを、フラッシュバックさせることは、
ほとんどしませんでした。PTSDのようなものです。
このブログで書こうと思いましたが、
相当なストレスとネガ感情に襲われそうです。。。。
僕は、昔からよく言います。
人間関係は、いかなる場合も50/50なんだと。
DVを受けるような関係であっても、目に見えないレベルで50/50なんだと。。。
それを前提にして話しますが、
結婚生活は、とにかく消耗しました。。
よくしよう。よくしようと、問題があれば、それならば自分が変わろうと。
しかし、そうすればするほど、なにかが吸い取られるようによくない方向へいきました。
配偶者は病的に嘘つきでした。
この事実は、相手のみならず、自分自身も信じられなくなるのに十分すぎるくらいのことでした。
相手のためによくしようとすることのほとんどは、踏みにじられ、上げ足をとられるかのように、問題が発生するたびに悪いかたちに置き換えられ、噴出しました。
態度も言動も、別人のように最悪でした。
当然、対外的には感じのいい人でした。・・よくある話しですが。。
結婚する前から、少し人(僕以外)を見下したり、嘘をついてるのかな?と思わすようなことはありましたが、若い自分はそんなに問題視してなかったということもありましたが、なぜそんな人になったのか、その原因が絶対どこか自分にもあるのだろうと思うと、よりいっそう消耗しました。
自分のことは物質的にも精神的にもどんどん我慢しました。
がまんにがまんを重ね、もうどうしようもなく気持ちが爆発して、一度手を上げたときも、ここぞとばかりに、ずっと暴力夫と罵られ続けました。口外もしてたはずです。
もう無理だと思ってからも、かわいい子供たちのために音楽活動をあきらめ、平行してやってた仕事一本にして家のことをしました。(相手は片づけができなかったので・・)その間、2年ほど。
最後はなにもかもが嘘と悪態だらけ。。
僕の態度も最悪。。。なるべく子供たちの前では争わないよう注意していました。
相手の冷血な理不尽さと話しにならない感じはもう病的で、人間じゃないんじゃないかと恐怖感を覚えた時もあるほど。
僕が最後に大きな声を上げた言葉は「絶対にオマエのような人間にはならない!子供たちにも絶対になってほしくない!」
でした。
そして、最終的に協議離婚したとき、(これがまた、時間がかかり、さらに血の一滴まで消耗する。)
まさに、夢も希望もやる気もすべてなくなっていました。。
僕は別れても実家に帰るつもりはなかったので、相手が実家に戻るならばということで相手方のおじいちゃんおばあちゃん(といっても若い)に子供たちを託し、この人も母の仕事だけはするだろうという思いと、下の子はまだ小さいから、こんなんでも母親が必要だろうということで、手放しました。
一人になり、数日かけて部屋を整理し、片づけ終わったとき、
はじめて号泣しました。。
ちょうど、10年前のことです。
そこからは空白の一年。。
見るモノに色が無い。。
食べるモノにも味が無い。
ただ息を吸って吐くだけの存在。。
機械のように、朝起きて仕事にはいきました。自分を機械のように思わなければ生きられませんでした。
夜は寝るときに、明日の朝は生きて目が覚めるかを本気で心配しました。
体調も壊し、入院。手術は奇跡的に紙一重でしなくて済みました。
あまりのつらさに、神様を本気で想いました。
「助けてください」と。「どうしたら楽になるのでしょう」と。
最悪にこじれた最後の数年は、神様も精神世界も頭にはなかったのです。
精神世界は、結婚後からどんどん遠ざかっていましたが。
直感というのでしょうか。。
祈るたびに、何かが、微か~にひらめくのです。
最初は、日記をつけようというものでした。
日記は精神的リハビリに、すごくいい効果がありました。
テレビをみようとか。
僕はほとんどテレビを見ないヒトだったので。
外出する気なんてまったくなれなかったので、これはちょうどよかった。
そしたら、そこには毎回必ず2~3個(個?)の心救われるシンクロがありました。
これには本当に毎回、毎日、驚きましたが、一番救われました。
僕はこの時の、驚くべきシンクロの数々を、目に見えない人々(情熱をもった人々)の善意の時空を越えた作用だと思っています。
それでも、心苦しい毎日は依然として続きます。
なぜなら、離婚後も、いろいろと苦しめられたからです。
直接的にも、間接的にも。。
迷惑な置き土産がでてきたことも。。(勝手に僕名義で作ったカードの負債処理問題であったりとか。。)
そして祈る。。
微かにひらめく。
それを繰り返しました。
ひらめきは文字であったり、情景であったり、イメージであったり様々でしたが、
なぜ、無数にある物事から、それが心に浮かぶのか、わかりません。
すぐにわからないこともあります。比喩的だったりします。
しかし、それらの心に浮かんだものは、必ず意味のある作用をしました。
そうして、日めくりカレンダーを毎日めくるがごとく、ゆっくりと回復していく実感をもちました。
祈りは自分のためにしてもダメだと、よく言われてました。
自分以外のことを祈ることが大事で、それが自分が救われる一番の近道なんだと。
もちろん、知っていました。
でも、あまりのつらさに祈っていました。
そして比喩的に諭されました。
それはもともと自分の中にある答えのほうに、顔をくいっと向けられたようで、
なにか、バシッと確定的なものが天から降ってきたという感じではありません。
だから、“微かな”のですが、
こんなことが、数十回以上あったのです。
そして、感謝の意とともに、自分が癒されているのを感じていました。
あの、子供の頃の、真剣に祈ったのに、全く何も変わらなかったのとは、
明らかに違うことも実感していました。(笑)