母の信仰に、少しずつ理解ができて、教会に母と行くようになったのは、高校になってからでした。
それでも、なんかいやだなという思いを引きずりながらです。
そのころ、自分の道を自分で選んで歩いていこうというアイデンティティを持ち、
どちらかというと父親似の理論派左脳系だった自分は、母の信仰をを認めつつも、完全に一線を引いていました。
というのも、
左脳系ながらも、中学の頃から、不思議体験をするようになり、
いろんな考えを情報として感覚的に受け取るようになり、世の中の考えとズレがでてきました。
非物質界の存在についての世の中との認識のズレです。
世間では、そんなこというのは、普通に変人あつかいでしたし、実際テレビなんかにでてくる、その方面の人というのは、やらせでしょうが、やはり、変人ばかり。
茶の間は盛り上がりますが、インチキな変人ばかり。。。
まともに、そういう世界を話す人はまわりにおらず、地方という土地柄もあり。。
母は、若干盲信的であったし、信仰という方向性だったので、
そんなことで、どうにもその頃の僕のキャパの中では、自分のなかで不思議体験と信仰が繋がるものではありませんでした。なぜなんでしょう。。。
(この感覚のズレは後々、最近まで腑に落ちずに引きずることになります。。。)
それで、母を認めつつ、参拝を勧める母に付き合いながらも、信仰を本格的にするつもりはないという気持ちでいました。
世の中は、なんか違うんじゃないか・・目に見えない世界はあるんじゃないか。。という思いは増すばかりでした。
僕は、自分がおかしいんじゃないかと思ったりしました。。
そんな時、英会話教室で出会った、年上の女性に
シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」(本)を紹介されました。
この本を読んだ時、1ページ1ページが宇宙のように感じたのを覚えています。
目の前が、ワーッと広がった感じがしました。うれしくなりました。(笑)
こんな本があるなんて信じられない!と思いました。
ここから、精神世界というものを知って、少しずつ自分なりに探求するようになりました。
が、
ヘタレな僕は、金縛りから始まるなにかのコンタクトを、恐怖心から拒否しまくってたので、
なにかが劇的に変わるということはなく、やはり感覚として少しずつ覚醒していってたように思います。
非物質界に対する確固としたものをつかむでもなく、もちろん、信仰というものとの位置付けなどは
眼中にもなく、高校時代は流れていきました。
そのころ、「バシャール」や「エクトン」の本(VOICE出版)にも出会いました。
あまりに、衝撃的でした。内容もさることながら、
だって、宇宙人でしょ??これ!と。(笑)
すごく興奮して、高揚したのを覚えています。
友人にも自分はそういう方面にすごく興味がある人間なんだということを、カミングアウトもして、
本を薦めたりしました。
しかし、地方の一高校生という環境では、バシャールの言葉の本当の意味や真実性をしっかりとらえることはできてなかったと思います。
なにせ、あまりに素晴らしすぎて、非現実すぎて、高校生の自分にはにわかに実践するには、ガイドになるものも、踏み出す土台(世の中の空気)も勇気もありませんでしたから。。。。
でも、ずっと心には残り、今になって、やっと、バシャールの言葉が手に取るようにわかる感じになりました。。
こうして、バシャールという存在に触れたのも、もはや20年も前のこと。。。
なんてことだ。。。僕は。。。orz(笑うしかないな…)
高校を卒業し、東京にきて音楽の勉強に打ち込みました。
東京の本屋には精神世界の本がいっぱいあるので、うれしくて、
そんなにたくさんではないけど(お金ないから…)いろいろ読みました。
中には、なんだかよくわからない、わざと難しくしてるようなものや、胡散臭いものも拾い上げてしまったりしました。お金ないのに。
そして、これからの3年間くらいは、不思議体験のオンパレードだった頃です。
そのことは、「不思議体験備忘録」のカテゴリーで引き続きアップしてくつもりです。
そして、信仰に対する気持ちは、以前よりずっと気持ちが向きはじめ、
お祈りも少しずつ(空気を噛むような感覚ながら)するようになっていました。
このカメの歩みながらも、心境の変化を説明できるものはありません。
唯一説明できるとしたら、母の想い(祈り)だったとしかいえません。
でもなぜか、自分のなかでは、精神世界と信仰は完全に別物になっていました。
ちょいちょい書いてますが、僕はバツ1です。
配偶者は高校の同級生でした。ずっと一緒にいた相手でした。
若くして、結婚しました。20代前半です。
音楽の世界でも幸先悪くないものを感じていたときですが、事情があり結婚しました。
そして、結婚した頃から、不思議体験は激減していきました・・
それは笑い話でもなんでもなく、本当に暗黒の幕開けになりました。
(続く)