僕は、自分の気質上、
今と、ちがう道を歩んだなら、
つまり、至極まっとうな道を歩んだなら、
そこそこゆるいユーモアは持ち合わせていたろうとは思うが、
非情なくらい、アカデミックで生真面目な超理論派になっていただろう。
と、思う。
それでもよかったのかもしれないけど、
そうではないので、何か意味があるんだろうと思うし、
そう思いたいし、
それを見つけるために、旅をしてるようなもの。
いっときは、自分の中でとても明確だった自分自身。
明確な自分を知っている人は、自信に満ちている。。
自分も、そうだった。
でも、見方を変えれば、威圧的だと取られているのかもしれない。
しかし、今はまた、一本のリード線を頼りに、暗中模索する身。
その旅の中で、若いころは、不思議な経験をいっぱいした。。。
それはまた、あらためて記事にしようとは思ってるけど、
なにせ、それこそ・・ なんていうか。。
あの世的なことなので、3次元の感覚で言葉(文字)にして表現できるか、
わからない。
たぶん、 できない。。
それはそうとして、
そんな僕は、
世の中のすべて、森羅万象は、皆、波長でできている。(個別に波長がある)
という考え方を、違和感なく受け入れてきた。
むしろ、 あとからそんな話を耳にして、
ああ、やっぱり。。。 そうじゃないかと思った。 っていうくらい。
おそらく、博学な人にしてみれば、
まったく荒唐無稽で不愉快なジャンル(話)なんだろうけど、
一個の人間が、強く感じてるんだから、どうしようもない。
当然、説明はできない。
(まぁ・・少しならできるかな。自分ルール的な言い方になるけど)
もちろん、眼には、見えない。
感覚として、感じられる。 だけ。
僕には、十分な、事実。
それで、随分と身を助けられてきた。
世の中のすべてとは、ほんとうに、すべてのことです。
物質はあたりまえで、場所や、音(これはわかりやすい)や、
事件や事故などの事象や、色にまで! です。
もっと言いたいけど、今は、それくらいにして・・・・
今ここで、何が言いたいかというと、
実体や所持品から、波長を感じ取るというのは分かられてきたけど、
もち、説明はできないけど。
写真や、絵にも同じようにさまざまな波長情報(?)があるらしいですね。
よく、テレビなんかでやってる、超能力捜査みたいので、
その一端をうかがい知ることができますよね。
僕は、まだ、あれには納得が100%ではなかったんだけど、
植物ですら、写真に反応するという興味深い実験があって、
それも気になっていた最中、(最中ってわけじゃないけど・・^_^;)
自分が、こうして、パソコンいじりまくって、ブログなんぞ、やっていると、
こんな、デジタルなメディアを通してでさえ、
個人個人の波長を感じるようなのですよ。
自分でも・・驚くというか・・ やっぱりというか。。。
とくに、ブログサイトは個人の想いが強いせいか・・・
心を込めているもののせいか・・・
同調具合?(言葉がみつからない・・) が顕著で。。
やっぱり、そうなんだ。。 という感じ。。
(↑もっともアナログな部分である、人の心(波長)といったものは、
人間が活動し、表現する限り、空気のように、光のように、
時には温度までも感じるように存在するんだ。。ということ。)
また、心をこめてない人のものも、
“心を込めてない波長”を発しているようで。。。
「類は類(友)を呼ぶ」 という言葉の通りのようなんですよね。
そう、感じてる人は、いっぱいいるはずです。
気にかけてないか、
ただ、あたりまえのように無意識でとらえてるか、
僕のように掘り下げて観察(? 感じるだけだけど)してないかだと思う。
だって、最初は、ブロガーのアイコンだけで判断して、覗いていくわけで・・
それが、つながっていって・・
気づけば、自分が必要とするもの、もしくは、必要とされるもの、
または、のちに意味がわかるもの(必要なもの)で出来上がる。
なにで、つながっているんだろう?
と、思ったりするわけで。。。。
うまく説明できなくて、もどかしい。。
近い将来、こういうことをアカデミックに上手に説明できる、
単なる不思議マニアじゃない博学なセンセイが出てくるんじゃないかと思う。
不思議な体験は結婚したころから、激減していって、
感覚も萎えていった感じで・・、
離婚してからは、もう・・完全に・・ ×。。な感じ。。
でも、波長(この表現が正しいかはわからないが)、ということに関しては、
日常のなかで、なんとなく気にかかっていた。。
そして、ブログをやり始めたことで、また、すごく感覚が来る感じになった
もんだから、記事にしてみた。
自分でも驚くのは、さっきも言ったけど、
デジタルなものを介していても、あるということで、
またしても、人の心・人の情念(force)というものを考えずにはいられない。。
冒頭で言った、至極まっとうな道を歩んだとしたら、
いいか、わるいかわからないが、
こんなものの考え方をしただろうか。。 と、思ったりする。