勝者の思考法 / 二宮清純
テレビでも良くお見受けする二宮清純氏。
さまざまなスポーツに通じ、観戦し、選手と語り合い、そのような中から導きだした勝者の思考法。
プロスポーツ選手は自分の身体こそが商売道具。
故に様々な選手のプレーは生き様につながる。
多くのページが割かれているのが、三原脩と仰木彬。
三原氏はさすがに話でしか聞いたことがない。
昭和26年に常勝軍団巨人を追われ、福岡の西鉄の監督となる。
当時の西鉄は、日経のコラムでおなじみの豊田、神様仏様稲尾様の稲尾、青バットの大下、中西太ら、そうそうたるメンバーがいた。
三原が監督になって4年目に西鉄は初の日本一。翌年も日本一に輝いた。
3連覇がかかった昭和33年の日本シリーズ。
西鉄は巨人に初戦から3連敗となる。
しかし、
三原は4戦目以降、稲尾を4連投させ、見事に3連覇を果たす。
しかし、4連投となった稲尾だが「全然苦にならなかった」というのだ。
三原はピンチになると稲尾のそばに来て「困ったなー。ここを切り抜ければ勝てるんだけどなー」とつぶやくのだそうだ。
そうすると、稲尾の闘志に火がつき「ここは俺が行くしかない」となり、「投げさせられた」気持ちにはならなかったという。
これぞ人心掌握術。
投手と野手。
ポジションは違うが、変わったフォームだがメジャーで大活躍した二人。
野茂とイチロー。
二人を見いだしたのが仰木彬。
特にイチローは仰木がいなければ、ただの二軍選手で選手生命を終えていたのかもしれない。
型にはめずに、個性を伸ばす。
それが仰木の真骨頂。
その仰木も三原に育てられた。

二宮 清純
勝者の思考法
さまざまなスポーツに通じ、観戦し、選手と語り合い、そのような中から導きだした勝者の思考法。
プロスポーツ選手は自分の身体こそが商売道具。
故に様々な選手のプレーは生き様につながる。
多くのページが割かれているのが、三原脩と仰木彬。
三原氏はさすがに話でしか聞いたことがない。
昭和26年に常勝軍団巨人を追われ、福岡の西鉄の監督となる。
当時の西鉄は、日経のコラムでおなじみの豊田、神様仏様稲尾様の稲尾、青バットの大下、中西太ら、そうそうたるメンバーがいた。
三原が監督になって4年目に西鉄は初の日本一。翌年も日本一に輝いた。
3連覇がかかった昭和33年の日本シリーズ。
西鉄は巨人に初戦から3連敗となる。
しかし、
三原は4戦目以降、稲尾を4連投させ、見事に3連覇を果たす。
しかし、4連投となった稲尾だが「全然苦にならなかった」というのだ。
三原はピンチになると稲尾のそばに来て「困ったなー。ここを切り抜ければ勝てるんだけどなー」とつぶやくのだそうだ。
そうすると、稲尾の闘志に火がつき「ここは俺が行くしかない」となり、「投げさせられた」気持ちにはならなかったという。
これぞ人心掌握術。
投手と野手。
ポジションは違うが、変わったフォームだがメジャーで大活躍した二人。
野茂とイチロー。
二人を見いだしたのが仰木彬。
特にイチローは仰木がいなければ、ただの二軍選手で選手生命を終えていたのかもしれない。
型にはめずに、個性を伸ばす。
それが仰木の真骨頂。
その仰木も三原に育てられた。

二宮 清純
勝者の思考法