切に生きる | [A] Across The Universe

切に生きる

月刊致知6月号のテーマは「切に生きる」。


インタビューでは、旭川赤十字病院、第一脳神経外科部長の上山博康先生が語っておられる。
上山先生は、以前NHKの「プロフェッショナル」に出演された際に非常に感銘を受け、その病院とお名前をメモしていた方だ。

脳手術における技術の評判は高く、患者さんは日本全国から上山先生の手術を受けるために北海道の旭川までやってくる。
そして毎日のように手術をこなされ、家に帰っては全国の患者さんからの手紙やメールに必ず目を通す。
その結果睡眠時間は毎日4時間。

それほどまでにして志の高い医療を目指そうとする上山先生には、師があった。
秋田県立脳血管研究センターの伊藤善太郎先生。

伊藤先生は患者さんが亡くなると、
「力及ばず申し訳ございませんでした」
と謝っていたのだと言う。
現在では考えられない。

そして上山先生は伊藤先生に問うのだ
「こっちに落ち度がないのに、医療ミスのようにとられてしまいませんか」と。
すると伊藤先生はこう言った。

「それは上山、医者の論理だろう。医者にはダメだと分かっていても、患者さんの側には分かるわけない。助けて欲しいから来ているんだよ。俺たちに力がないから助けられないんだよ」

そして
「患者は人生を懸けて手術台に上がるんだ。俺たちは何を懸ける。お前のプライドを懸けろ。医者としての全てのプライドを懸けろ。それしか、患者の信頼に応える方法はないんだ」

しかし、指導をしてもらうようになって一年半後、伊藤先生は急逝する。


上山先生は、その後北大に戻り、ある脳腫瘍の患者さんの手術を行ったときに伊藤先生の本当の意味でのバトンを受け取ったという。

その手術は腫瘍にカテーテルを入れて、接着剤で壊死させる、という特別なものだった。
手術は順調に進み、いよいよ接着剤を注入する。
予定の4ccは問題なく入った。
しかし、腫瘍が大きいためさらに注入したところ、接着剤がよそに流れ込まないように留めていた二本のクリップが開いてしまった。
接着剤は脳幹全部に流れた。

そのとき、上山先生は空気が凍り付き、自分の居場所が全くなくなったように感じたという。
そして手術前の患者さんの笑顔が浮かぶ
「俺には独り立ちできていない子どもが二人いるから、まだ死にたくないんだ。俺、先生に任せるから、頼むよ。」
自分の愚かさが悔しくて、家族のところに行き、土下座した。
しかし、その長男がこう言った。
「・・・父は先生のことが好きで、先生を信頼して手術を受けると言いました。父の信じた先生が、一生懸命やってこうなったんだから、悔しいけど仕方ありません・・・」


上山先生は言う。

「先生に任せるからと言ってくれた彼の悔しさが、僕にはどうしても忘れられません。いまでもあの笑顔が脳裏からはなれません。だから僕は手を抜けないんです。」


上山先生。
これからも末永く本物の医者でいてください。