本気で生きよう!何かが変わる / 丸山浩路
私は拝見したことがないのだが、以前NHKの手話ニュース845に出演されていた丸山さん、という方を覚えていらっしゃる方もいるだろう。
手話通訳者から始まり、現在丸山さんは、講演をメインに活動されているようだ。
福祉の世界で、バイタリティを持って活動されている丸山さんの様々な出会いをもとに書かれたのがこの本だ。
本人がおっしゃる通り、「クサい」
ただし、そのクサさは、わかっていながら聞く者、読むものの心を揺さぶらずにはいられない魔法の言葉なのだ。
それは丸山さんが、自ら福祉の現場に立ち会ってきたからこそ語れる、それぞれの物語に関わってきたからだ。
それも愛情を持って。
この本の最初のエピソード。
これを読むだけで何度も何度も涙が溢れてしまう。
こんな始まり方をする本、なかなかないだろう。
要約すると、
とある高校の入学式後。
クラス分けに従って新入生はクラスに入る。
先生が出席簿の名前を呼ぶ。
青木くん、伊藤さん・・・・・
「山田太郎」という彼の名前のところで、先生は名字で呼ばず「太郎!」と山田のことを呼ぶ。
自分だけ呼び捨てされた太郎は先生に反感を持つ。
しかし、三学期に入りたての秋、先生が入院してしまう。
山田太郎は先生から直々に病院に呼ばれる。
息も絶え絶えに、先生は山田の名前を呼び捨てにした理由を教えてくれる。
山田太郎と、先生の息子は同じ小学校に通い、同学年だったらしい。
そのため、先生は山田太郎の卒業文集の作文を読んでいたのだ。
太郎の作文にはこんな内容が書かれていた。
太郎の両親はろうあ者だった、
それをクラスの友達がからかう。
お前の両親はサルみてぇに変な声を出して応援していたな、と。
お前、一度も名前なんか呼ばれたことないんだろ。
これからも名前呼ばれることないぞ、と。
太郎はボロボロ涙を流し、無我夢中で家に向かう。
そして、泣き叫びながら、父親に向かって手話を始めたのだ。
ぼくの 名前 呼んで!
親なら 子供の 名前を 呼ぶのは 当たり前 なんだぞ。
この前 運動会が あったよね。
走ってるとき みんな 転んだだろ。
転んだとき みんなは 父さんや 母さんに 名前を
呼ばれて 応援 されたんだぞ!
ぼくだって 転んだんだ・・・
でも ぼくの 名前は 聞こえて こなかったぞ・・・。
父さん、名前読んでよ。
一度で いいから ぼくの 名前 呼んで・・・。
名前を 呼べないんなら ぼくなんか
生まれなければ よかったんだよぉ。
太郎は大声で泣き始めた。
父親は、力一杯太郎を抱きしめ、こう言った。
私ハ 耳ガ 聞コエナイ コトヲ 恥ズカシイト 思ッテ イナイ。
神ガ 与エタ 運命ダ。
名前ガ 呼バレナイカラ 寂シイ?
母サンモ 以前 ソウダッタ。
キミガ 生マレタ トキ 私タチハ 本当ニ シアワセダト 思ッタ。
五体満足デ 声ヲダシテ 泣クコトヲ 知ッタトキ 本当ニ ウレシカッタ。
君ハ 体ヲ フルワセテ 泣イテイタ。
ナンドモ ナンドモ ヨク泣イタ。
シカシ ソノ泣キ声ハ 私タチニハ 聞コエナカッタ。
母サンハ 一度デイイカラ キミノ 泣キ声ガ 聞キタイト
キミノ 唇ニ 聞コエナイ 耳ヲ 押シ当テタ。
ワガ子ノ 声ガ 聞キタイ!
コノ子ノ 声ヲ 聞カセテ!
ト ナンド 願ッタコトカ。
シカシ 母サンハ 悲シソウナ 顔ヲシテ
首ヲ 左右ニ 振ル ダケダッタ。
このことを太郎は文集に書いた。
その文集を先生は読んでいたのだった。
だから、山田を「太郎」と呼び捨てにしていた。
何度読み返しても涙があふれてくる。
福祉の世界で生きている丸山さんだからこそ、
語れるエピソードが満載である。

丸山 浩路
本気で生きよう!なにかが変わる
手話通訳者から始まり、現在丸山さんは、講演をメインに活動されているようだ。
福祉の世界で、バイタリティを持って活動されている丸山さんの様々な出会いをもとに書かれたのがこの本だ。
本人がおっしゃる通り、「クサい」
ただし、そのクサさは、わかっていながら聞く者、読むものの心を揺さぶらずにはいられない魔法の言葉なのだ。
それは丸山さんが、自ら福祉の現場に立ち会ってきたからこそ語れる、それぞれの物語に関わってきたからだ。
それも愛情を持って。
この本の最初のエピソード。
これを読むだけで何度も何度も涙が溢れてしまう。
こんな始まり方をする本、なかなかないだろう。
要約すると、
とある高校の入学式後。
クラス分けに従って新入生はクラスに入る。
先生が出席簿の名前を呼ぶ。
青木くん、伊藤さん・・・・・
「山田太郎」という彼の名前のところで、先生は名字で呼ばず「太郎!」と山田のことを呼ぶ。
自分だけ呼び捨てされた太郎は先生に反感を持つ。
しかし、三学期に入りたての秋、先生が入院してしまう。
山田太郎は先生から直々に病院に呼ばれる。
息も絶え絶えに、先生は山田の名前を呼び捨てにした理由を教えてくれる。
山田太郎と、先生の息子は同じ小学校に通い、同学年だったらしい。
そのため、先生は山田太郎の卒業文集の作文を読んでいたのだ。
太郎の作文にはこんな内容が書かれていた。
太郎の両親はろうあ者だった、
それをクラスの友達がからかう。
お前の両親はサルみてぇに変な声を出して応援していたな、と。
お前、一度も名前なんか呼ばれたことないんだろ。
これからも名前呼ばれることないぞ、と。
太郎はボロボロ涙を流し、無我夢中で家に向かう。
そして、泣き叫びながら、父親に向かって手話を始めたのだ。
ぼくの 名前 呼んで!
親なら 子供の 名前を 呼ぶのは 当たり前 なんだぞ。
この前 運動会が あったよね。
走ってるとき みんな 転んだだろ。
転んだとき みんなは 父さんや 母さんに 名前を
呼ばれて 応援 されたんだぞ!
ぼくだって 転んだんだ・・・
でも ぼくの 名前は 聞こえて こなかったぞ・・・。
父さん、名前読んでよ。
一度で いいから ぼくの 名前 呼んで・・・。
名前を 呼べないんなら ぼくなんか
生まれなければ よかったんだよぉ。
太郎は大声で泣き始めた。
父親は、力一杯太郎を抱きしめ、こう言った。
私ハ 耳ガ 聞コエナイ コトヲ 恥ズカシイト 思ッテ イナイ。
神ガ 与エタ 運命ダ。
名前ガ 呼バレナイカラ 寂シイ?
母サンモ 以前 ソウダッタ。
キミガ 生マレタ トキ 私タチハ 本当ニ シアワセダト 思ッタ。
五体満足デ 声ヲダシテ 泣クコトヲ 知ッタトキ 本当ニ ウレシカッタ。
君ハ 体ヲ フルワセテ 泣イテイタ。
ナンドモ ナンドモ ヨク泣イタ。
シカシ ソノ泣キ声ハ 私タチニハ 聞コエナカッタ。
母サンハ 一度デイイカラ キミノ 泣キ声ガ 聞キタイト
キミノ 唇ニ 聞コエナイ 耳ヲ 押シ当テタ。
ワガ子ノ 声ガ 聞キタイ!
コノ子ノ 声ヲ 聞カセテ!
ト ナンド 願ッタコトカ。
シカシ 母サンハ 悲シソウナ 顔ヲシテ
首ヲ 左右ニ 振ル ダケダッタ。
このことを太郎は文集に書いた。
その文集を先生は読んでいたのだった。
だから、山田を「太郎」と呼び捨てにしていた。
何度読み返しても涙があふれてくる。
福祉の世界で生きている丸山さんだからこそ、
語れるエピソードが満載である。

丸山 浩路
本気で生きよう!なにかが変わる