人生に誓うものを持つ | [A] Across The Universe

人生に誓うものを持つ

月刊致知11月号の特集は「人生に誓うものを持つ」。

日本で初めて無農薬・無肥料でのりんご栽培に成功した木村さんが登場している。

りんごとは病虫害に非常に弱い果物のため、農薬に頼らなければ栽培すること難しいのだそうだ。
木村さんも昔は農薬を使用して栽培を行っていた。
しかし、農薬を散布すると手農薬がしみ込んでに火傷のような炎症をおこすようになる。奥さんも顔中真っ赤になってしまう。
そこで無農薬のりんご栽培を始めるのだが、5年ほど立つうちに、りんごの木は花一つ咲かなくなり、幹もぐらつくほどになってしまう。
木村さんはパチンコの店員のアルバイトをしながら、食いつなぐ。
子供たちが自分の家にお金がないのが分かっているので、給食袋をランドセルの中に入れたまま出そうとしなかった。
長女は学校で作文を書く。

「お父さんの仕事」
私のお父さんはりんごをつくっています。
朝から晩まで畑へ行っています。
でも私はりんご一個食べたことがありません。

子供にこんな思いをさせ、親を名乗る資格はない。
木村さんはとうとうある晩ロープを持って岩木山へ向かう。
木の枝にロープをかけようと投げるが、外れる。
月明かりでロープを探していると、山中にあるはずのないりんごの木が目の前にあった。
それは実はドングリの木だったのだが、虫もつかず、葉も厚い。
草も伸び放題だが、土のにおいが良い。
木村さんは土をほじくり、「これだ」と直感する。
土壌の改良から始めたのだ。

そして無農薬に取り組み始めて10年後、畑はりんごの白い花一色で埋め尽くされる。

木村さんは常々、「社会にお役に立つ仕事をしよう、そういう生き方を貫いていたらきっと道は開ける」と言い続けていた。
そして、こうおっしゃる。
「自分がりんごの木を実らせたと思ったことはありません。りんごの木が実らせてくれるんです。主役はあくまでもりんごでさ、私はただりんごが育つお手伝いをしているだけ。」


京セラの稲盛会長がKDDを創立する際に常々考えていたことは
「動機善なりや。私心なかりしか。」
だったという。
まさしく利他の心。
木村さんにも通じる話である。


「だってさ、どんなに頑張ったって自分の体にりんごはならないもんな(笑)。人間は自分を高い位置においてりんごを見てしまいがちだけれども、自分もりんごも同じ生き物だという位置に立って愛情を持って接することが大事だと思うんです」