現代の覚者たち | [A] Across The Universe

現代の覚者たち

覚者とは悟りを開いた人のことである。
まだ起こらなかった道を起こした人
まだ知られなかった道を知らしめた人
まだ説かれなかった道を説く人
------である。
「現代の覚者(致知出版社)」表紙より


この本は「現代の覚者」7人のインタビューから構成されている。
皆さん明治の生まれで、残念ながら現在では坂村先生以外鬼籍に入られているが、この本が出版された昭和63年当時の写真は、それぞれ本当に素晴らしい表情をされており、まさに覚者。このような素晴らしい方々によって、私たちは現在の日本の繁栄を享受できているのだと実感する。

隅から隅まで珠玉の言葉で埋め尽くされているが、ほんの一部を備忘録として。


森信三 先生
明治29年生まれ、哲学者、国民教育の父と言われる。

「昔ね、登校拒否の中学生をもって困り抜いたお母さんから相談を受けたんですがね、その解決法はただ一つあるだけで、それは明日からあなたがご主人に良く透る声で「ハイ」と返事をされることですといった。曽於人はその通りしたんでしょう、その子どもはその後十一日目にはもう登校しだしたとのことでした。「ハイ」という言葉がいえたら、非行少年でも徐々に変わってくる。ところが、本当に「ハイ」が言える婦人は百人のうち、ニ、三人じゃないかな。」

「真の読書というものは、いわばその人がこれまで経験してきた人生体験の内容と、その意味を照らし出し統一する「光」といってもよいでしょう。だから、せっかく、深刻な人生経験をした人でも、もしその人が平生読書をしない人の場合には、その人生体験の意味を十分にかみしめることができないわけです。」

「読書の中心は結局「自分」というものを、つねに内省できる人間になるということでしょう。だから、私たちは平生読書を怠らぬことによって、つねに自己に対する内観を深め、それによって真の正しい実践の出来る人間になることが、なにより肝要です。」


鈴木鎮一 先生
明治31年生まれ、幼児の音楽才能開発に尽力、スズキメソッドの学習者は世界に数十万人。

「最も大切なことは、何度もくり返してやる、ということです。身につくまで何度でもくり返してやる。子どもが日本語をしゃべれるようになるのは、毎日毎日のくり返しでしょう。どんな能力でもそれと同じで、やさしく感じるようになるまで、何度でもやる。それが能力を高める秘訣ですね。」

「あのときやっておけばよかった、ということがよくあるでしょう。せっかっくのチャンスだったのに、と。それはすぐに行動を起こす能力を持っていないから起こることです。そういう人は結局、一生運命が開けない。チャンスはあるんだけれど、それをつかむ行動がないということは自らチャンスを放棄しているということです。」


三宅廉 先生
明治36年生まれ、日本で初めて産科と小児科が一体となった周産期教育病院「パルモア病院」を開設。

「子がどうなるかを決めるのは学校より家、親が最も重要です。特に母親が子の将来を担っているのです。人間を作るのは、やはり母親です。三歳くらいまでは父親でなく、絶対に母親ですよ。最初が肝心で、これをしっかりやっていれば子は大丈夫です。」

「弱い子、だめな子はいらない。こういう考えは、突き詰めれば怖い思想です。この世の役に立つことの出来なくなった老人は早く死ねという考え方につながっていきます。弱いものを支える心、劣った人へのまなざしの欠如は、結局は普通の子や人をも生きにくくします。みんな自分に帰ってくる。」


坂村真民 先生
明治42年生まれ、詩人。

そういう母の思い出のなかで
わたしが今も忘れないのは
乳が出すぎて
乳が張りすぎてといいながら
よく乳も飲まずに亡くなった村びとの
幼い子たちの小さい墓に
乳をしぼっては注ぎしぼっては注ぎ
念仏をとなえていた母の
美しい姿である
若い母の大きな乳房から出る乳汁が
夕日に染まって
それはなんとも言えない絵のような
美しい母の姿であった


関牧翁 先生
明治36年生まれ、天竜寺管長

「まず、人間というものはうまれたから死ぬ。それで、日常与えられたささいなこと、そのささいなことをおろそかにしなかったならば、いざというとき覚悟の必要はない、ということです。平素、油断がなければ覚悟の必要がないということを先師は徹底された。ですから「一日よく生きる」という徹底ね。一日よく生きるということを徹底していけば安楽の死につながるんだ。」


松野幸吉 先生
明治39年生まれ、松下電器産業取締役時、松下幸之助氏の要請を受け日本ビクターへ。相談役。

「ぼくが松下の重役になったときに、松下幸之助さんから「松野君、商売のコツがわかったか」といわれたが、その頃はまだコツがわからなかった。商売のコツがわかったのは、重役になり、東京駐在になって、色々仕事をしているうちに、商売のコツというか、経営のコツがだんだんわかってきたような気がする。(中略)それはね、どういうことかというと、まず、自分より人が偉い、と思えということなんだ。そうすると、人の長所を見るようになってね、人の短所はみないことになる。あいつはいいとこあるなぁ、という感じになり、自然に、人が偉いと思えてくると、その人から学ぼうという態度になってくるから。」

松野先生が大病を患い、長期入院していたときのこと。社長(松下幸之助氏)が見舞いに来た。
「ぼくの寝ている横に来て、どうや、といわれるが、こっちはもう苦しくてしょうがないし、あたまからふとんをかぶって、黙っていた。ふと、ふとんからのぞいてみましたらね。松下さんはベッドの側に座り、僕の寝ているのを黙って見つめながら涙をこぼしておられるのです。そのとき、「はぁ、俺はこのひとのために尽くさないかんなぁ」と、一瞬そう思うた。これで「俺が生き返ったら、この人にご恩返しをせなあかんなぁ」という心境になった。」


平沢興 先生
明治33年生まれ、神経解剖学の世界的権威、京大元総長。

「敬老の日なんかになると、長生きについていろいろ話が出ますね。あれはほとんど全部嘘です。ご飯を良く噛むとか、酒を飲むとか、それは長生きした人の個人の趣味を書いているんでね。その人はそう思っているが、それを真似したら長生きできるというものではない。」

「年をとると偉そうにいうようになるが、本当に偉い人は、偉そうには言わぬ、大体偉そうにいう人は成長が止まっている。」

「教育の基本は、第一はあくまで誉めること。第二はできるまでやらせること。第三は、自分もそれを実行すること。」



素晴らしい言葉の数々。
ありがとうございます。


 
森 信三, 関 牧翁, 三宅 廉, 松野 幸吉, 平沢 興, 鈴木 鎮一, 坂村 真民
現代の覚者たち