口はわざわいのカド
「初心」 「忘るべからず!」
「どんぐりの」 「せいくらべ!」
「猿も」 「木から落ちる!」
塾でことわざを習って以来、娘がことわざの問題をせがんでくる。
有名なものはほとんど覚えたらしく、得意げに答えるのが微笑ましい。
「口は」
「わざわいのカド!」
「カド? わざわいのもとでしょ?」
「塾のテキストにはカドって書いてあるの!絶対にカドなの!」
「それは笑う門とごっちゃになってるんだろ。わざわいのカドなんて言うか?」
「絶対にカド!」
「そんなに強情だともう問題出さないから」
とやりとりするうちに娘は泣き出してしまった。
どうせ「笑う角」と混乱し、間違えたのも恥ずかしくて訂正できずにゴネたんだろう、と娘は放っておき再び新聞に目を通す。
が、気になって塾のテキストをこっそり開いてみる。
「口は 口は と・・・あった 口はわざわいの・・・門」
・・・・・・
丁寧に門には「かど」とルビもふってある。
「口はわざわいのもと」だけではなく、「口はわざわいのかど」も正解なのだ。
娘のもとに取って返し、土下座で謝る。
申し訳ありませんでした。パパが間違ってました。許してください。
本当にひどい事をしてしまった。
娘が泣いたのは、自分を信じてもらえなかったからなのだ。
あの時、なぜ「カド」は違うと思っても、「じゃ、あとで調べてみよう」の余裕ある一言が言えなかったのだろう。
自分がことわざごとき間違うはずがない、という慢心が全ての根源。
まだまだ修行が足りない。
謙虚な気持の大切さを痛感した。
今日失った信頼を回復すべく、日々精進。
ありがとうございます。