年の瀬や水の流れと人の身は
元禄十五年(1702年)十二月十三日、両国橋で、芭蕉の代表的門人に寶井其角(たからいきかく)が橋詰にかかると、向こうからやってくるみすぼらしい笹売りにふと足をとめた。相手は其角の俳句の弟子である大高子葉こと源吾。その格好はさても困窮してのことであろうと察し、別れ際に其角が
年の瀬や水の流れと人の身は
と上の句を詠むと、源吾が
あした待たるるその宝舟
と返した。其角は源吾の身を哀れんだの対して「その宝舟」とつけたその真意を知らず、きっとどこかへ仕官したいのだろう、と解釈する。その翌日、其角は赤穂浪士討入りの報せを受ける。あの笹売りの姿こそ吉良邸密偵のために源吾が身をやつしたものだった。
歌舞伎でも有名なこのシーン。
今年もこの日がやって来た。NHKでも特集を放送していたが、多くの日本人はこの手の話が好きなんだと思う。旧主浅野内匠頭長矩に対する忠と、筋道を通そうとする義。最後は寺坂吉右衛門以外の46人の義士は潔く切腹して果てる。
現在では忠や義と言っても肌で理解できない若者が増えているではないか。赤穂浪士の話を聞いても「ただの復讐」としか理解できないような。
赤穂義士は切腹させられた旧藩主の仇討を忠誠心から行った。
現代のキレ安い若者は自分のための復讐は率先して行う。そこには大切に思うべき己以外の対象は存在しない。人間の尊厳ではなく、個人の尊厳が優先してしまっている。そもそも、そんなものは尊厳なんてものでもないのだ。自分以外の大切なもの、恋人でも子供でも、そういった存在に仮に危害が加えられるような状況を想定したときに、己を犠牲にして守ると言う気持が欠如している。
いつまでも赤穂浪士の話を「美しいな」と思える日本人でありたい。
あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし
(大石内蔵助 辞世の句)