上杉鷹山 | [A] Across The Universe

上杉鷹山

為せば成る
為さねば成らぬ何事も
成らぬは人の為さぬなりけり

上杉鷹山についてはこの歌と、米沢藩を立て直した名藩主という程度の認識しかなかった。童門冬二の「上杉鷹山」を読んで、こんな日本人が江戸時代にいたのか、と驚く。
JFK(ウィリアムズ・藤川・久保田ではなく、J・F・ケネディの方)は当時、尊敬する日本人は?と聞かれて上杉鷹山と答えた。これは内村鑑三が英語で書いた「代表的日本人」をJFKが読んだためらしい。

鷹山が隠居する際に次期藩主治広に示した心得は「伝国の辞」と呼ばれている。
一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候
これを見てすぐ思い出したのが、リンカーンのゲティスバーグの演説(人民の人民による人民のための・・・)。リンカーンの演説は1863年。鷹山が伝国の辞を示したのは1785年、なんとゲティスバーグの80年も前に民主主義を標榜する藩主が日本にいたのだ。それも雪深い米沢の地に。

鷹山が進めた改革は、いわゆる「綺麗ごと」である。しかし、無私の境地で、自ら率先し、民衆の心にまで入り込むことが出来たことが、彼の偉大さである。とことん美しい。
このような日本人の美しい心をいつまでも語り伝えていくべきだ。戦前は修身の授業で上杉鷹山や二宮尊徳について教えていたのに、GHQがこれを止めさせた。戦前の教育を全て否定するのではなく、良いものは復活させるべきだし、私も授業で習いたかった。
権利を主張する前に、まず己の義務を果たさなければならないという、生きる上で最低限のことを小学生のうちに教えておかなければ、この国はまだまだおかしくなりそうな気がする。

米沢には友達がいたので、学生時代何度も遊びに行ったことがある。鷹山のことをもっと知っていれば、ゆかりのある場所を訪問できただろうに。なんというもったいないことをしていたんだろう。せめて上杉神社ぐらい行っておけばよかった。

童門 冬二
小説 上杉鷹山〈下〉