やっと観てきたーー!
またもや脳みそパンパン←最近そればっか(笑)
気づきがいっぱいあったように思います。
だから思い出せる限り残してみる。
本日の最大の気づき
やっぱり、私はニノが大好き!!!
というのは置いといて(笑)
全くの事前情報を仕入れずに向かったので、最初は勝手なイメージでサスペンスとか謎解きなのかなぁと思って観はじめました。
でも悪い人はちゃんと悪そうに出てくるし、鈴木保奈美もサイコな感じダダ漏れだし、お父さんの自殺のくだりを見てると神楽が主人格じゃなさそうなのもわかりやすいし、こりゃ、そういう類じゃないぞと。
そう思ってからしばらくは、追う側と追われる側である浅間と神楽が力を合わせて、大きな陰謀に立ち向かうみたいな話かなぁって観てて。
それはそれで、結構入り込んで観ていたんですが・・・競技場?野球場?のシーンで、いきなり雰囲気が変わりましてね。
あのニノくんには引き込まれたなぁ。んで、これは愛の話だぞ、と急に思った。
同時に私の中の何かも、あそこで顔を出したリュウによってスイッチが入ったようで。
そこからは自分の思考の回転が始まっていってしまって、同時進行で映画の筋を追うのが大変でした(笑)
感情のいれどころが、以前とは違っていたんです。
双方の性格を否定して人格が分裂してしまったリュウ(神楽)
不完全な遺伝子を忌み嫌いながら、不完全な早樹やリュウを母のように愛した水上の矛盾
遅ればせながら妖怪かわいそう退治を開始した私は、登場人物の誰かを必要以上に“かわいそう”と思うことが無かった。
だからリュウ(神楽)が水上に、自分達は不幸なんかじゃなかったっていうような事を言ったときや、最後の手紙で神楽がリュウに同じ道を歩いていたんだねって言うところで、今までぢんさんや心屋塾の方々が言ってた色々なことが、頭での理解から一気に五臓六腑に落ちてきた。
腑に落ちるって言うやつですな。
そして、神楽は自分の人格が分裂したのは、自分が避けてきたからだって言うの。認めて覚悟するの。
もう、そこで涙が止まらなくなってしまって。
やっぱり、そうなんだよねって思った。
私が今日この映画を観た意味。
どっかで薄々気づいてた。結局は覚悟だけなのかもって。
そしたらそこで、またさらに気づきが。
これって、愛されてるって事なのかもって。こういうヒントが振ってくるって愛されてるって事なのかもって。
“どうせ、愛されてるし”と呟きながらも、なかなか魔法のかからなかった私は、家族がいたり、親友がいたりする人じゃないとわからないものなのかもな、なんて思い始めてて。
家族も親友もいない私はどうしたらわかることができるんだろうって思ってた。
でも、そういう事じゃないんだよ、って実感させてもらった気がする。
そして、私はこの物語を愛の話として解釈したけど、人によっては情報化社会の未来についてとか、人が人を管理することの是非とか、色々好きなようにテーマを見つけられる映画だと思った。
それって、どれも有りで駄目じゃない。自分と違う見方をしていてもそんなに気にならない。
もしかしたら、人の意見とか人間関係や自分の嫌なところも同じようなものなのかも。
だとしたら、映画に感じるそれと同じくらいの軽やかさで、気にならなくなってもいいはず。どれも有りで駄目じゃないって。
今日自分が受けたカルチャーショックの半分も残せた気がしないけど、でもいっぱいグルグルした。
そして、幸せだった。
好きなものだと気づきが大きいみたいです。
すると“やりたいことだけやる”ってところも理にかなってくる訳ですな。
ぢんさん、なんか私わかりはじめてきたよ!
またもや脳みそパンパン←最近そればっか(笑)
気づきがいっぱいあったように思います。
だから思い出せる限り残してみる。
本日の最大の気づき
やっぱり、私はニノが大好き!!!
というのは置いといて(笑)
全くの事前情報を仕入れずに向かったので、最初は勝手なイメージでサスペンスとか謎解きなのかなぁと思って観はじめました。
でも悪い人はちゃんと悪そうに出てくるし、鈴木保奈美もサイコな感じダダ漏れだし、お父さんの自殺のくだりを見てると神楽が主人格じゃなさそうなのもわかりやすいし、こりゃ、そういう類じゃないぞと。
そう思ってからしばらくは、追う側と追われる側である浅間と神楽が力を合わせて、大きな陰謀に立ち向かうみたいな話かなぁって観てて。
それはそれで、結構入り込んで観ていたんですが・・・競技場?野球場?のシーンで、いきなり雰囲気が変わりましてね。
あのニノくんには引き込まれたなぁ。んで、これは愛の話だぞ、と急に思った。
同時に私の中の何かも、あそこで顔を出したリュウによってスイッチが入ったようで。
そこからは自分の思考の回転が始まっていってしまって、同時進行で映画の筋を追うのが大変でした(笑)
感情のいれどころが、以前とは違っていたんです。
双方の性格を否定して人格が分裂してしまったリュウ(神楽)
不完全な遺伝子を忌み嫌いながら、不完全な早樹やリュウを母のように愛した水上の矛盾
遅ればせながら妖怪かわいそう退治を開始した私は、登場人物の誰かを必要以上に“かわいそう”と思うことが無かった。
だからリュウ(神楽)が水上に、自分達は不幸なんかじゃなかったっていうような事を言ったときや、最後の手紙で神楽がリュウに同じ道を歩いていたんだねって言うところで、今までぢんさんや心屋塾の方々が言ってた色々なことが、頭での理解から一気に五臓六腑に落ちてきた。
腑に落ちるって言うやつですな。
そして、神楽は自分の人格が分裂したのは、自分が避けてきたからだって言うの。認めて覚悟するの。
もう、そこで涙が止まらなくなってしまって。
やっぱり、そうなんだよねって思った。
私が今日この映画を観た意味。
どっかで薄々気づいてた。結局は覚悟だけなのかもって。
そしたらそこで、またさらに気づきが。
これって、愛されてるって事なのかもって。こういうヒントが振ってくるって愛されてるって事なのかもって。
“どうせ、愛されてるし”と呟きながらも、なかなか魔法のかからなかった私は、家族がいたり、親友がいたりする人じゃないとわからないものなのかもな、なんて思い始めてて。
家族も親友もいない私はどうしたらわかることができるんだろうって思ってた。
でも、そういう事じゃないんだよ、って実感させてもらった気がする。
そして、私はこの物語を愛の話として解釈したけど、人によっては情報化社会の未来についてとか、人が人を管理することの是非とか、色々好きなようにテーマを見つけられる映画だと思った。
それって、どれも有りで駄目じゃない。自分と違う見方をしていてもそんなに気にならない。
もしかしたら、人の意見とか人間関係や自分の嫌なところも同じようなものなのかも。
だとしたら、映画に感じるそれと同じくらいの軽やかさで、気にならなくなってもいいはず。どれも有りで駄目じゃないって。
今日自分が受けたカルチャーショックの半分も残せた気がしないけど、でもいっぱいグルグルした。
そして、幸せだった。
好きなものだと気づきが大きいみたいです。
すると“やりたいことだけやる”ってところも理にかなってくる訳ですな。
ぢんさん、なんか私わかりはじめてきたよ!