小さな 石ころです。
ちょっとブログを休んでいた…と言うか サボっていた。
平常心を装うフリして 実は 鬱の扉に手をかけているわけで。
今は眠剤の効きも良く眠れるようになってはいるが 極度の睡眠障害で 大変だった。
もうあれから4、5年は経つだろう。
でも本来、私の鬱症状は 真逆に ひたすら引きこもり 寝ては起きてウダウダと、食事もとらず ひたすら布団にこもる訳で…😓
私は こんな自分の症状を 若い頃から気づいていたし 受け入れて来たから 鬱の扉が目に見えるのだよ。
鬱に入るきっかけは 大きい小さい関係なく 自分って言う物質が 飛び交う風を 上手く交わせるか、その風を受け入れられるか… アレルギー反応を起こすかで決まるんじゃ無いかと 私は 最近思うのだ。
今までは 自分の性格なんだと…陰気臭い性格、細かい性格だと思っていたが よくよく自分を見つめて見ると さほど細かくも無いんだよ。
色んな意見に「あ〜💦 それ なんとなくわかるわ〜〜」とか 「そんな考え、気持ちもありかなぁ」とか 普通に思えるし 腹立たしい事でも こんなんに振り回される自分がバカだったのねえ💦なんて流せる事 沢山、沢山あるわけで。
だけど どうしても曲げれない 何かがあるんだね〜〜
そこに 何かしらの 陰湿な風が吹き付けると アレルギー的発作が起きるんだろうね。
私の鬱は 人間関係からくるもので…
人は1人では生きていけない…とかさ。
人と調和を保ち…とかさ。
自分が変われば 皆 変わる…とかさ。
その良く聞く 決まり文句を 相手に そのまま お返ししたいわけなのよ。
抑えてるこちらの気持ちを 悪者に仕立て上げる 陰湿な相手のやり方に 憤りを感じた時に 私の鬱症状は出てくる。
私は 親にも 前の嫁ぎ先でも 私の我慢にあぐらをかかれ それでも人を信じ受け入れては 心を、いや 真心を砕かれて来た。
そんな人生が 私を 鬱へと染めて行ったのだろう。
私は 鬱を病気だとは思えない。
形成された 自分の性格が もたらす症状だと思っている。
病気なら治るはず。
でも 人と関わり生きて行く限りは 又 いつか こんなに悲しみ憤りを感じることが あるし…
その時 自分が どのように自分を守れるか。
私は いつも 私の考えがおかしいのか… 間違っていたのかと 自分を責める。
そして鬱になる。
だから 出来るだけ 自分を責めないようにするのだが 思えば思うほど 今度は逆に そう頑張る自分が嫌になるのだよ💦
何も手に付かなくなるのだけれど 家族には関係ないから 関係の無い人の前では平常心を装う。
だから 1人になった時 半端なく疲れが出る。
それでも 時間が解決してくれた。
時間だけは どんな人にも平等に過ぎて行く。
今回も時間に頼るしか無い。
勿体ない時間を過ごす事になるが…
扉を開けてはいけないから。
原因がわかっているから 扉を開けてはいけない。
