またまたまたまた一年ぶりに書きます。


私はjohannというバンドのギタリストであり、

モーショングラフィックス、CGをメインとした映像制作会社mellowsoda.の代表をさせてもらってます。


mellowsoda. という会社名はjohannの曲名から取りました。


好物のメロンソーダと、音楽の「メロディ」を足して作った造語です。


昨年、僕らは初の海外ツアーとして台湾へライブに行きました。


なぜ行ったかは前回の記事にも書きましたが、

簡潔に説明すると

「自分のやってる事が正しいのか間違ってるのか確認したかったから」

です。


その勢いのまま約一年かけて計画し、今度はアメリカはテキサス州を中心に10日間、移動日含めると12日間のツアーに行ってきました。




今回のツアーマネージャーのデイビッドと何回もミーティングを重ね、時には友人に通訳として同席してもらいながら全て自分達で計画したツアーでした。

そもそも2016年くらいに、johann海外ツアー行かないか?

ってデイビッドから話があって、そこから数えると8年くらいか。


最初に書きましたが、私は会社経営もしており、

且つ自分でガンガン手を動かしているプレイングマネージャーでもあるので、準備期間が一年あったとはいえ本当に12日間というスケジュール確保は痺れました。


今年40歳。

会社は7期目なのですが、12日間会社を留守にするなんて初なので不安が一杯でしたが、社員の2人が頑張って会社を守ってくれました。

大感謝。




覚えてるうちに、この10日間で感じたこと、

経験したことを記録しておきます。


誰かの暇つぶしや参考になれば嬉しいです。


【1日目 出発日】

朝、オフィスへ行き、仕事のやり残し、データ周りを入念にチェック。

14:00にタクシーに迎えに来てもらい成田空港へ。


先に到着済みのメンバーと合流し

「17:30発だから早めにチェックイン済ましとこうか。」

とか言いながら15:20ごろチェックインカウンターへ。


全員のパスポートとESTAをスタッフの方に渡し手続きしてもらってると、スタッフの方がヒソヒソ話しだして何やら不穏な空気が漂いだした。


??????


「ESTAのシステムエラーでチェックインできません。」



??


????


え、どういうこと?


どうやらESTAのシステムがダウンしていて、

僕らのESTAの申請確認が出来ないから出国できません、との事。


「いや、とはいえこっちには全くの過失が無いわけだからなんだかんだ飛行機乗れるでしょ。」


とか考えて僕は余裕で待ってた。


結論、


ま じ で の れ な か っ た


そんな理不尽な事ある?

こっちは一年かけて計画してきて、且つ到着してすぐライブが決まってたのにそれもキャンセル。

まじで最悪の気分だった。


結局、明日の「羽田から」の便を振り替えで取ってもらい、出直し。

まじでメンタルクラッシュしかけた。


その時の私の顔



まじで老け込んでるし、すごい顔してるわ。

永遠にこの時の絶望感は忘れないでしょう。


ツアーマネージャーのデイビッドにドラムのふかっちゃんが連絡。

みんなで私のオフィスに向かい、一泊する事に。


ただ単に大量の荷物を持って成田空港行ってサバ定食とラーメンを食っただけの謎の時間を過ごした初日だった。


【2日目 羽田から再度出発】

朝5時位に事務所を出て、みんなで羽田へ。



もう全員完全に疑心暗鬼状態になってるので、

ヒヤヒヤしながら羽田到着。


、、、


、、、、、、、


、、、、、、、、、、


乗れました!

やったー!!!!


私は飛行機が苦手。

14時間のフライトでお尻が痛くなりながら

なんとかダラス空港へ到着。

地獄の時間でした。


入国審査もなんてことなくクリアして乗り継ぎ。

やっとサンアントニオ空港へ着いたのでした。



楽器も無事!

前回の台湾に引き続き、15年以上連れ添っている

このmoonのギターと海外へ演奏に来れた事は

心の底から嬉しい。

フリーターの時にアルバイトしながら2年ローンで買ったんだよなあ。。。


ツアープロモーターのロバートが空港へ迎えにきてくれて、挨拶を済ましロバート宅へ。

今回、アンプやドラム類の機材は全て彼の所有物からレンタルして使わせてもらう。


凄いのはロバートの家の中で普通にバンドリハーサルが出来る事。

既にアメリカの洗礼を受けた。


私の機材は

MUSICMANのビンテージヘッド

MESAの2発キャビ


枯れた感じの音で、
多少低音にクセがあるけどEQで補正すれば
ジャストな部分が見つけられたのでかなり良い音。
いつものmoonのギターさえあれば
もうアンプはなんでもいい。

ベースの音が出ない等のトラブルはあったが
なんやかんや調整してリハを済ませる。

もう着いてすぐライブなので
みんなで機材を詰め込み今夜の会場オースティンへ向かう。

台湾の時もそうだったけどこの時点で全くアメリカに来てる実感が無い。不思議な感覚。

この日はSunny's BACKYARDというお店。
BARの横に屋外のステージとテラス席が用意されていて、そこでの演奏。



到着すると地元の2人組シューゲイザーバンドが始まる直前だった。
機材搬入しながら彼らのサウンドを聞く。
かなり完成されたサウンドでめちゃくちゃレベル高い。
ゆっくり聞きたいがドラムセットから何から何まで全持ち込みなのでみんなでガーッと一斉に運ぶ。

「トラブル連発だったけどここまで漕ぎ着けられて本当に良かった、、、、、」

という感情が溢れて来たのを覚えてる。

自分達の出番になり、ライブを終えた。
会場にいたお客さんは20人ほどだった。
まばらではあったけど、体感半分以上の人が物販を買ってくれた。

終わった後に感想を伝えに来てくれたり、
この国の「音楽を聞く」という事への姿勢や文化に少し触れられた気がした。

けど、この日、自分的には演奏中から物凄くフワフワしていて集中出来なかった。
今思い返してもまったく納得のいかない演奏をしてしまった。

トラブル続きで疲れたのか。

お客さんがまばらだからなのか。

異国の空気に飲まれたのか。

ライブ後、挨拶等を済ませてこれから何日もお世話になるロバートの家へ帰宅し、眠るまで終始考えていたのは、

「早くこのフワフワした気分をどうにかしないとまずい」

という事だった。
それで頭が一杯。
早くリセットしないと。
この日の明確な記憶は無い。
この状態はマジでヤバいと思いながら眠った。

【3日目 BUDA Meridian】

次の日確か昼前くらいに目が覚めた。
昨日の不安がまだ頭の中一杯になっていて、
とりあえず環境に慣れないと、と思ってロバートの家の周囲を散歩した。

ギターの弦を替えたり、

タバコをとにかくめちゃくちゃ吸ったり、

日本でよく見てるyoutubeを観たり、、、

ありとあらゆる方法で日本にいる時と同じマインドにリセットしようと試みていた。

夕方にまたみんなでバンに乗り込み、BUDAという土地へ。
この日本来はUTOPIAという野外フェスへ参加予定だったが、悪天候の為中止になり、雰囲気のいいレストランへと場所が変更になったのである。



到着すると、箱バン?らしきR&Bのバンドが演奏していた。
やはりレベルがめちゃくちゃ高い。
曲を知らずとも自然に聞き入ってしまう。
まったく飽きない。

「俺も同じ感情をこの地でお客さんに感じさせられるのだろうか」

というネガティブな感情が出てしまい、
前日から引きずっている不安な気持ちに拍車をかけた。

「いよいよヤバいなー、、、」

と思っていると、プロモーターのロバートが

「この会場の脇にテラス席とライブが観れる場所がある。そこで演奏開始時間までゆっくりしよう。」

と提案してくれた。

正直1人でどっか散歩行って気分をリセットしたい、
と思ったが、とりあえず着いて行った。




そこで1人の女性が弾き語りのライブをしていた。
テラス席にはお客さんはまばら。

自分の曲やカバー曲を披露していた。

私は相変わらず頭の中の不安と格闘しながらその演奏を片耳で聞いていた。

ふと気づいた。

.....弾き語りの人、めちゃくちゃ長い。
我々が着席してから既に1時間以上、ひたすら1人で
歌い続けてる。

時にはステージからドリンク注文したり、
我々や他のお客さんに話しかけたり、
曲の説明をしたり。

一旦考える事をやめてその女性のステージをじっくり観た時にマジで気持ちが晴れた。
今までのフワフワした感情が一切無くなって、
日本にいる時以上の、なんだかとてつもない集中力が頭の中を駆け巡ったのを覚えてる!

そうなのだ。
結局は
「自分が何を表現したいか」
という
「ただそれだけ」
なのである。
この女性が正にそうなのだ。

1年、もなんなら8年越しくらいの苦労して練ったこのUSツアー。
「どうしても結果を残さなければならなない」

っていう超アバウトな「結果」だけを求めていたから、

「今、何をすべきか」

っていうシンプルな感情を見失ってた。

俺は「アーティスト」としてこんな遠く離れた
土地に来てる。

俺が、johannというバンドが、いまやるべき事は

「今、その場にいる人のハートを、johannの音楽で鷲掴みにする」

ただそれだけなのである。

そこからもう完全に覚醒できた。

前のバンドの準備が終わり、我々の出番。
席はそれなりに埋まってる。
客層の年齢層は高めだった。
食事にきた家族連れ風も何組か。

準備をしていると、金髪の若いパリピっぽい女の子がハイテンションで話しかけてきた。

「あなた達はどこからきたの?」

「日本だよ」

「何を歌ってくれるの?」

「何を、って?」

「誰の曲を歌うのかってことよ!テイラースイフト聞きたい!」

「ごめんだけど、俺達は全曲オリジナルだよ笑
あと、そもそもボーカルが居ない。」

恐らく普段からこういったジャンルの音楽を聞かない子なのだろう。
めっちゃ困惑と不満の表情が入り混じってた笑

「いいから、とにかく少しだけ聞いてって!
ステイ!ア リトル!プリーズリッスンアワミュージック!!」
とデカ目の声で伝えた笑

その後、ロバートがその女の子に話しかけて、何やら説明してくれてた。
恐らく僕らの紹介をしてくれてたような。

さっきまでの精神状態だったら確実にまた喰らってただろうけど、今はむしろ更に心が燃えたのを覚えてる。

ライブが始まり、一曲目。

体も手もめちゃくちゃ動く。

レストランなので、みんな着席しててリアクションはおとなしめだけど、確実に届いてるのを感じる。

一曲目が終わり、拍手と歓声。
昨日とは明らかに違うリアクション。

年配の夫婦?が踊り出す。

ふとステージ下を見るとさっきのパリピ金髪ギャルとその仲間達が最前で踊り狂ってた笑笑笑

私のギターチューニングは爆狂い


普段メジャーな音楽しか聞かなそうな人達が日本のインディーインストロックでぶち上がってる姿。

そうそう、こういう事なのだ!
johannというバンドの音楽はこういう事なのだ!

日本でももちろん、
「目の前にいる人を楽しませるだけ」
ってのは分かってたけど、
あの弾き語りの女性を観た瞬間、
心でその事の本質が理解できた。

今思い返してもこの事を心から理解できた事が
このツアーで1番の収穫だ!!!

その後最後までフルスロットルで駆け抜けてライブが終わった。

驚く事に、その場にいたほとんどの人達、老若男女様々な年齢層の人達が物販に立ち寄り、

「awesome!」
「awazing!!」
「beautiful!!」

本当に興奮した様子で感情を伝えに来てくれた。
物販もかなり買ってもらえた。

その後、プロモーターのロバートが
「この後、サンアントニオ戻ってクラブでもう1回演奏するか?」
と聞いてきた。

そんなの当たり前じゃないか!
てかそんなんアリなの!?
いよいよノッてきたぜ!
と覚醒ガンギマリ状態の私。

若干、乗り気じゃなさそうなキーボードの総理笑

ごめんだけどここはなんとか付き合ってほしいので、もうその場で即答して2ステージ目の会場
jandrosへ。



到着したのは25:00ごろ。
この辺りは若者の為のクラブとかライブハウスが密集していて、夜は若干危ない場所らしい。

到着してすぐ一気に機材を運び多少のサウンドチェックをしてすぐにまた45分セットのライブスタート。

またまた手が、体が、口が、めちゃくちゃに動く。

最初は席に座ってドリンクを飲んでたり、遠巻きに見ていたクラブのお客さん達が僕らの音楽を聞いてガンガン前に出てきて踊りまくってくれた。



2連続の45分ステージを終え、またもや沢山の人が物販を買いに来てくれた。
中でも印象的だったのは、
バッキバキ(何のせいで、とは言わない)にご機嫌のイケメンのアニキ。
彼女?と一緒に来てたらしく2人で死ぬほど踊り狂ってCDと手拭い、Tシャツを買ってくれた。

このアニキ、このツアー中に3回もライブに来てくれた。
本当に最高だ。
感謝が止まらない。

もう完全にゾーンに入れた私。

その後、客ハケと掃除をしているクラブの入り口で
余韻に浸りながら英雄気分でタバコを吸っていたら、クラブスタッフに

「Fulkin crazy guy!!! Get out !!!」
的な事をすごい剣幕で言われ、

「アイムバンド、プレイヒア、バンド、ジャストフィックスド」
的な事を言ったら、滅茶苦茶謝られた笑

この辺はクレイジーガイが多いから、私の事もそうだと思ったらしい。

結果、めちゃくちゃいいレディでした笑

帰りにワタバーガーというハンバーガー屋さんに行って食事をして帰宅。


両隣の2人と顔の濃さが負けてない私。


帰ったら何故かjandrosのスタッフのケーンとアレックス(Flowers LOFTのジャイさんにめっちゃ似てる)
が勝手にロバートの家にいて
めちゃくちゃバキバキにゴキゲンだった。

「お前のホイッスルと腕の鈴、まじ最高だよ。ブチ上がる。物販で売った方がいいぜ。200ドル」

とか言ってゴキゲンだった。
それ以外はなに喋ってるか分からなかった。

ロバートとデイビッド含めみんなで喋って
長かったこの日は終わった。

【4日目 Harlingen The Hop Shop】

この日はメキシコの近く。
ハーリンゲンという街へ。
割と遠いらしいので15:00くらいにロバート宅を出発。
行く車中で聞いたのだけど、今日はライブではなく、ライブ映像を収録する事が目的で、お客さんは
適当に来たい人が来るらしい。

時間とか場所とか、正直色んな事がアバウトなこの環境。
13:00に出発するよ、ってなったら大体2時間遅れる。不思議である。これも時差なのかな?

ライブの収録場所も到着1時間前くらいに変更になった。
もう既にそんな事には慣れっこになってきてたので、

「とりあえずどこでもいいから無事に到着して演奏できればそれでなんでもいいよ、、、」

の精神。
会場へ向かう途中の道の景色がどう見ても松戸にしか見えなくて、更に混乱した。




そのまま走り続けて、誰かの家に到着。

本日と明日のライブの諸々を仕切っている

アレハンドロ氏の自宅。

本日はここに泊めてもらうらしい。


可愛い犬や、息子のホセと仲良くなる。


ホセは13歳でDTMer。

彼の作った曲達を聞かせてもらったけど、恐ろしくレベルが高い。

16bitの80sっぽいサウンドをメインに作ってた。


やっぱりパソコンとかに触れるのは若ければ若い方が確実にいいんだな、と実感。


時間が迫ってきたので本日の現場、The Hop Shopへ向かう。



まさにアメリカ。
日本人の誰もが想像するTHE アメリカ。
ここで僕らのプロモーション用ライブ映像を収録するとの事。

この日に撮った映像を編集して、各地のフェスやプロモーターにアプローチしてくれるらしい。
それがいつ、とかどこの媒体、とか全く謎。

最早細かい事は気にならなくなってきてる。

言われるがまま準備して、サウンドチェック。

「カメラ準備OK、レッツゴー!」

的な感じで収録開始。
何故か集まるお客さん。

よく分からないけどとにかくいつも通り、いつも以上にライブ。

やり切ってステージから降りると何故か物販が売れる笑

本当に不思議である。
明らかに普通にビリヤードやりに来てるお客さんも何故か物販を買ってくれる。

ひと段落し、片付けてアレハンドロ氏の自宅へ戻り就寝。

この日は本当に不思議だった笑
収録した映像、どんな感じなんだろ、、、、

【5日目 EL nopalito】
起床。
またもや今日の会場が変わってるらしい。
私はもうここがどこだか分かってないし、
分かろうともしていない。

ライブの勘を完全に掴んだからもう演奏が出来ればそれでいいのだ。

とりあえず今日は17:00に出発だからそれまで周囲を散歩した。
昼間は物凄く暑い。
大好きな沖縄の気候に似ていて、とても最高だった。

この日、アレハンドロ氏の奥さんもいた。
すごく優しくて、家の中庭とかも見せてくれた。

「ビューティフル!ライク ア オキナワ インジャパン」

と伝えた。

みんなで近所のスーパーへ行ったりしてると出発の時間。

今日の会場もBARと野外のライブスペースがある場所だった。



超グッドロケーション。


オーナー?っぽい人が話しかけてくれた。


「君達の音楽を聞いたよ!!!とても最高だ。

私の彼女はDJをしていて、昨日のパーティで君達の音楽をかけたんだよ!」


めちゃくちゃ嬉しい泣

ここまでのエピソードで察して頂けると思うけど、

本当にみんな優しくて寛容なのだ。


ショーのスタート時間が近づいてくると、続々とお客さんが集まってきた。

今回は年齢層もかなり若め。


事前にjohannの音楽をチェックして来てくれたり人もいて、会話したりした。

envyが好きだ、と言ってた人もいた。


1バンド目のMEEK

女性ボーカルのシューゲイザー。

まだ10代との事だったが死ぬほど完成されててかっこよかった。

言い方が難しいけれど、出音がめちゃくちゃ悪いのにめちゃくちゃかっこいい。

これほんとなんなんだ、、、、、


2バンド目のNENDOBLOOD

男性4人組のポストパンク的なバンド。

こちらもめちゃくちゃかっこいい、、、、

演奏、出音、共にヘロヘロなのに、まじでこのカッコよさはなんなんだ、、、、


これ以降もだけど、対バンしたバンド、

マジでかっこいいバンドしかいなかった。

レベル高すぎる。


そしてjohannの出番。


ささっと準備してギターのサウンドチェック。

私の大好きな蒸し暑い気温も相まって、更に絶好調。完全に領域展開してる。


PAのアニキにギターの音量あげろ!

と言われて更にテンションぶち上がる。


そのまま45分フルスロットル。

会場の外にまで溢れたお客さん。

曲中でアンコールが出るほどに死ぬほど盛り上がった。



終演後は

「俺たちアイドルなんか?」

と勘違いするくらいの長蛇の列。


確実に初見の人達にここまで響くなんて、、、、



俺とふかっちゃんで接客して、死ぬほど英語しゃべって死ぬほど疲れたけど、死ぬほど楽しかった。


また必ずこの街にも戻ってきたい。


で、英雄気分で意気揚々と帰りのバンに乗り込み、

ガソリンスタンドに行ったら千葉と茨城のヤンキーの上位互換みたいな連中に囲まれてまじで怖かった。

あっちのヤンキーマジで怖い。

ほんとやだ。


ドライバーのデイビッドは

「こんなの初めてだー!!!」

となんか楽しそうだった。

いやまじでこんなアトラクション求めてないから。

頼むぜ、、、、!笑


無事に4時間程かけてロバート宅へ帰宅。

最高だった。


デイビッドとテラスで今後のjohannの動きを話して

就寝。


【6日目 オフ】

この日はオフ。

先日ライブを行ったクラブjandrosのオーナーが高級シュラスコへ連れて行ってくれた。

死ぬほどうまかった、、、、

サラダバーがあって、そこの野菜達も本当おいしかった、、、、



ご馳走さまでした。


その後、イギリスのsmall pond というレーベルのオーナーにデイビッドが僕たちを紹介してくれた。

オンライン画面越しに挨拶。


これが良い方向に動くといい。

心からそう思う。


その後は

「オフとかいらないからライブしたい」

と思っていた。


家の近くにサンアントニオの名所と言われている

リバーウォークがあったのでみんなで歩いて行った。




そんなこんなで明日に備えてみんな早めに就寝してこの日は終わった。


後編へ続く→