金沢八景~文庫を歩くの史跡紹介第5弾です。
先日下見散歩した時のコースにはなく、11月5日に再度下見散歩をしたときに歩いた場所です。
洲崎町というところが先日歩いた平潟湾沿いにあるのですが。
そこは、先日歩いた平潟プロムナードの対面(つまり、平潟湾をはさんだもう一方)にある地域です。
このあたりは漁港であり、雰囲気があります。
そしてここには、伊藤博文が大日本国帝国憲法を起草した場所があります。
この地で伊藤らは、憲法の起草をしました。
そこから金沢文庫方面へ歩きます。
そこに紹介する龍華寺がありますが、まずそこの前にある洲崎神社へ。
この神社の隣に龍華寺があります。
龍華寺
創健は、源頼朝が金沢八景に瀬戸神社を造営し、その神宮寺として六浦の山中に浄願寺を建立したことに始まります。
室町時代中頃に浄願寺の住持・融弁上人が、洲崎にあった光徳寺の住持を兼帯していたのですが、光徳寺が廃絶し、浄願寺も兵火で焼失してしまいます。
のち、明応8年(1499)に融弁上人が浄願・光徳の二寺を併合し、現在地に龍華寺を創建したそうです。
龍華寺は、真言宗御室派の準本山の格式を持つ名刹で、昔は末寺二十カ寺を数える大寺院でした。
この龍華寺からさらに北方面へ行くと、八幡神社があります。
ここからさらに北へ歩くと、称名寺になります。
金沢八景~文庫を歩くの最初のイベントは、このコースを組み入れたものにしようと思います。
(日時指定投稿です)