この夏、私は「Play Dead」というペーパーバックを読みました。小説には教科書や学術論文、新聞には決して出て来ない表現がバンバン出て来ます。そのどれもが何と生き生きしていたことか!
それで改めて思ったんです。もっと小説を読まなきゃダメだと。ここ何年か、英語を読むと言ったら、英字新聞や論文ばかりでした。でもそれじゃ足りないんです。言葉は日々変化します。特に日常の話し言葉はそうです。英語の先生ならそういった生きた表現に触れていないといけない、それを生徒達に伝えらるようになっていなくてはいけないと強く感じました。
映画を観ることによっても新しい言葉や表現に出会うことはできます。でも大抵は「あれっ?」と思った次の瞬間消えてしまいます。ちゃんと聞き取れた言葉も後で調べようなんて思ったら、見終わった頃には忘れています。
DVDなら止められますが、実際にそれをやると映画を楽しむことができません。気になった表現がある。慌てて止めるが、もう次の台詞に入っている。巻き戻し、ちょうど良い所で止める(大抵行き過ぎる)。その英語をメモする。続きを観る。全体の中で一つや二つなら良いですが、映画によっては5分ごとにチェックしたい表現が出て来ることもあります。その度にストップ&巻き戻しをやっていたらストーリーの流れを楽しめなくなります。なので結局はチェックを止めてしまうんです。
その点、小説は違います。自分のベースで読めますからね。気になる表現に出会ったら二度、三度と口に出してみても良いし、下線を引くのも、書き出すのも自由自在です。
実際、「Play Dead」を読んだ時は、物語だけでなく新しい表現との出会いも楽しめました。そこで決めたんです。もっともっとペーパーバックを読もうと。
というわけで、大学時代にやっていた電車で読書を復活させることにしました。一学期までは行き帰りの電車では必ずブログを書いていたのですが、それを週三回ほどに抑え、あとはひたすら読書に励もうと思います。
今週は、久しぶりに「自己実現への道」トレーニングの続きを書き始めるので今後ともよろしくお願いします。
それで改めて思ったんです。もっと小説を読まなきゃダメだと。ここ何年か、英語を読むと言ったら、英字新聞や論文ばかりでした。でもそれじゃ足りないんです。言葉は日々変化します。特に日常の話し言葉はそうです。英語の先生ならそういった生きた表現に触れていないといけない、それを生徒達に伝えらるようになっていなくてはいけないと強く感じました。
映画を観ることによっても新しい言葉や表現に出会うことはできます。でも大抵は「あれっ?」と思った次の瞬間消えてしまいます。ちゃんと聞き取れた言葉も後で調べようなんて思ったら、見終わった頃には忘れています。
DVDなら止められますが、実際にそれをやると映画を楽しむことができません。気になった表現がある。慌てて止めるが、もう次の台詞に入っている。巻き戻し、ちょうど良い所で止める(大抵行き過ぎる)。その英語をメモする。続きを観る。全体の中で一つや二つなら良いですが、映画によっては5分ごとにチェックしたい表現が出て来ることもあります。その度にストップ&巻き戻しをやっていたらストーリーの流れを楽しめなくなります。なので結局はチェックを止めてしまうんです。
その点、小説は違います。自分のベースで読めますからね。気になる表現に出会ったら二度、三度と口に出してみても良いし、下線を引くのも、書き出すのも自由自在です。
実際、「Play Dead」を読んだ時は、物語だけでなく新しい表現との出会いも楽しめました。そこで決めたんです。もっともっとペーパーバックを読もうと。
というわけで、大学時代にやっていた電車で読書を復活させることにしました。一学期までは行き帰りの電車では必ずブログを書いていたのですが、それを週三回ほどに抑え、あとはひたすら読書に励もうと思います。
今週は、久しぶりに「自己実現への道」トレーニングの続きを書き始めるので今後ともよろしくお願いします。