久しぶりの投稿でこんな話をするのも恐縮だが、今日の国会で開かれた予算委員会で同性婚の是非についてのやり取りがあったが、私は同性婚を認めるばきではないと思う。そもそも左派系野党側の人達は口を揃えて「日本以外のG7諸国はみんな同性婚を認めている。日本政府も認めるべきだ」などと言っている。しかし、私は思う。その日本以外のG7諸国は「東洋」文化圏に属する日本とは違い、文化的にも歴史的にも「西洋」文化圏で、宗教も神道や仏教を信仰する日本とは違い、キリスト教国ばかりである。つまり国民の伝統的な考え方が根本的に異なっている。「西洋」文化圏の考え方を「東洋」文化圏の日本に押し付けるのは、過去にイラクにアメリカ式「民主主義」を植え付けて「正しい国」にする為に、軍事侵攻をして、当時のフサイン政権を倒し、イラクを混乱させた当時のアメリカの政権と同じだと私は思う。また、日本はLGBTQ+に対する理解がない国とは言うが、歴史を見ると足利義満や織田信長などの権力者達は美少年との夜を楽しんだり、江戸の街には陰間茶屋という美少年との夜を楽しむ男性版遊郭のような店などがあったりした。戦国時代の武将で衆道(身分や立場の差がある男性同士の肉体的な関係を含む恋愛)を好まなかったのは豊臣秀吉だけだったという逸話もあるし、江戸時代には女性との関係よりも男性との関係の方が高尚なこととされていたといのも聞いたことがある。それらの文化がなくなったのは、明治以降に「西洋」諸国からキリスト教的な精神が入ってきて、同性愛は卑しいことという風潮が高まったからである。それを今は西洋諸国が同性愛を受け入れろと日本に言っているのは皮肉な話ではないか?それに、LGBTQ+の権利拡大とはいうが、大っぴらに「自分はLGBTQ+だ。差別をするな」とアピールしている人の気持ちが私にはわからない。これは「私は喫煙者だ」とか、「私は沖縄出身だ」とかいちいちアピールするのと同じであるような気がする。最後にはなるが、私は同性に性的な関心を向ける人達に対する理解を促進するのは構わないと思うが、同性婚を認めるのは、日本の伝統的な観点から見て違うと思う。また、恋愛を成就させる方法は結婚以外にもあると思う。そのことを社会の人々は意識して欲しい。
- 前ページ
- 次ページ