休日電車に乗ると

昔は見かけなかった(自分以外で)
若いネーチャンが500mlのハイボール片手にスマホをみていた。
朝9時台の電車である。



降りてしばらく歩くと地下の繁華街をギャハハと大声で歩きながら缶ビールを飲む30代?くらいの女連れ二人。
休日に朝から飲む女性はやはり目立つ。



そして夜と違い、朝から飲むのは誰もが楽しそうに飲んでる感じではない。
眉間に皺を寄せてスマホを見ながら飲むのも、
から元気を装って歩きながら飲むのもどこか物悲しさが漂う。



20ウン年前たしかに私も朝から公園のベンチで飲んでは
嫌いな鳩が寄ってこようものなら、追いかけ回していた。
そうしたくてそうしていたわけではない。
氷河期世代&不況ゆえ、20代でリストラ1回、
倒産2回としょっちゅう無職に返り咲いていたからだ。
完全にやさぐれていた20代。
ヤベー奴だ。絶対に友達になりたくない。
ハイライトとチューハイ片手に鳩を追い回すやつなんかと。

でも、平日にまともぶるため、正気なふりをするため飲んでいた。

飲まなきゃ死ぬ、いつ死んでもいい、

自分なぞは社会には不要な生きもの、そんな勢いで。


その後、ベンチャー企業の広告制作会社で入社3カ月で売上トップとなり、その仕事のつながりで
年商ウン十億の老舗外食企業の広報に引き抜かれ、

編集や企画、諸々に加え、

Adobe IllustratorやPhotoshopなど、デザインソフトでチラシやら独学で作らざるを得なくなり、よろず屋となった。



その後子どもを産んだものの、当時は乳児抱えていようが残業当たり前、時短勤務などはなかったため、またまた無職からの

フリーランスのライターとして関西では有名な某雑誌社に飛び込み営業して、電鉄系のフリーペーパーや地域活性の冊子で取材記事を書く仕事をしていた。

締め切りが早すぎて誰も引き受けたがらない小さな記事を、夜子どもが寝てから原稿を書き、朝9時に編集部が出社する前に仕上げる、そんな仕事だ。
その後雑誌斜陽のため、園芸業界で企画PRの仕事をして今に至る。(ザッと、はしょっても長くてすみません)



要はあっちが塞がればこっち、こっちが塞がればあっち
と「空いている」電車に飛び乗ってきただけだ。



混んでいる場所はバブル世代やら、
男性や若手、新卒やらで埋まっている。



女性の社会進出が進んでいるとはいえ、
世知辛い社会に進出するには苦労と苦悩がつきものだ。



その手の苦労を癒そうと?
酒の量が増えている方も年々増えていそうではあるが、
20年前はそこまでではなかったので、

当時であれば、よっぽど頭おかしいやつと思われていたことだろう。



今はタバコもやめ、
酒は休みの日も夕方5時以降とし、その時間まではノンアルでしのいでいる。
健全ぶってはいるが毎日飲んだくれて休肝日的なものはない。



好きな作家の一人、町田康が数年前酒をやめたときは衝撃だった。





あんなにパンクで尖ったイメージの作家さんだったが。
そうか、ならず者でも酒をやめられるものなのか、と思ったものだ。



今年の夏、部の飲み会(3人だけだが)
一人が難病指定のため、アルコール飲めず

(ずっと飲めなかったわけではなく、酒好きが今年から酒断ち)



3人皆部類の酒好きゆえ、「僕を気にせず飲んでください」という上辺の言葉をけちらし、

飲めないメンバーに合わせて、ノンアル飲み会となった。




ひと昔前より数万倍はうまくなったノンアルコールビール。

出始めの頃は口から泡を吹くほど不味かったのに。いや、本当に。

企業努力とはすごいものだ。頭が下がる。




アサヒのやキリンのノンアルコールもうまいが普段家でも飲めるため、

宴会で選んだスパイス系の店ならでは?珍しい青島ビールのノンアルコールを頼んだんだが、これがまた本格的に飲んでいる気分となり、ノンアル飲み会は大盛り上がりとなった。



酒がなくても盛り上がれるものだとつくづく思った。



飲みたいという正気、飲まないという狂気
by 町田康
か…


歳をとったからこそできる
少人数ならではの狂気めいた飲み会にはちがいない。

若い20代なら成り立たず、コンパでも成り立つまい。

歳をとり、体や心を労りはじめた年代だからこそできる気もする。



やっていられない、と正気を保つために飲む、

シラフな自分に襲われ、気が狂わないために、朝から飲むのも理解はするが…

たまにはノンアルで狂うのもよきな年末。