場面緘黙だった私。
今でこそ、この場面緘黙という
言葉がありますが…。
少し前までは私は知りませんでした。
で、気がついた

私、場面緘黙だった!
しかも、小学3年まで‼︎
なんでだったんだろ〜な?
って考えてみた。
というか思い出してみた…。
我が家は両親が共働きで、
私が1番上なんですが、
6人兄弟なんです。
どっちらかといったら貧乏。
服とかはおさがり。
なんというか、生活全てにおいて
余裕がなかったので、選択肢
というものを与えられなかった
記憶があります。
そして、結構周りの大人の感情を
キャッチしたり、場の空気を読む
ことができてた子でした。
だから、両親がいっぱいいっぱいなのを
肌で感じていたし、ここで
わがままいったら、困るだろうな
という事を考えてました。
保育園にも行きたくないけど、
行かないという選択肢はない。
学校も休みたいけど、
休むという選択肢はない。
意見を聞かれるという場面が
あんまり家の中でもなかったので、
言う必要もなく物事が過ぎでいきます。
よって、特にしゃべらなくても
なんとかなるんです。
学校でも。
心の中はメッチャおしゃべりですよ。
でも、声に出さなくても
満足しちゃってる私。
しかも、その心の中で
世の中を斜め上から見ちゃってました。
あ〜この先生、こういうとこあるよね。
とか、この子内心こう思ってるなとか。
友達はなんとなくいました。
でも大人数で遊ぶんじゃなくて、
最高3人までくらい。
そんな私が喋りだすきっかけに
なった事。
それは引っ越しでした。
5年生から隣町に引っ越したんですが、
なんとお隣さんに私と同い年で
同じクラスになった
同じ名前の子が住んでいたんです‼︎
その子も、私ほどではありませんが、
どちらかというと大人しめの子。
家の窓を開ければ夜でも話せる
私達は大親友になり、一日中
一緒にいました。
それから、今まで心の中で
1人で話してきた事を
彼女にぶちまけ始めたのです。
そして、私の話で
笑ってくれたり、共感してくれたり
反応してくれる彼女を見て、
話すっておもろいな…。

ってやっと思えたのです。
こんな運命みたいな
出会いがないと場面緘黙を改善
できないのかって思っちゃうかも
しれませんが、
きっと、人それぞれにきっかけ
はごろごろ転がってると思います。
たった1人心を許せる人がいるだけで
こんなにも人は変われるんだなって
私は体験する事ができました。
それが、今なのか
もう少し先なのか、
誰にもわからないけど、
いつか自己表現できるように
なったらいいよね〜くらいの気持ちで
いるといいのかなと思います。
それは、今自分の子供達を
見ていて思います。
少しづつ少しづつ、
色んな体験を通して、
自分を見せていく。
ゆっくりゆっくりと
花を咲かせるように…。
