(この記事は、10月号会報掲載の記事を、スタッフが代理で投稿しています)

 

 

氣道”とは“氣”の道。


皆さんは誰ですか?


〇〇さんという名前ですか?
〇〇と考えている思考ですか?
それに気づいているのは誰ですか?


ーーー“氣”とは私の本源。


いのちそのもの。空、ポカン、気づき。


常にそれであるのに常に瞑想(空)であるのに、なぜ気づけないのか。


仏教、禅、道教、その他、様々な求道があるのはそれ所以。


けれども、それは元々それだったから、求めると離れてしまう。(臨済禅の陥穽)
だから、元々それだったからいいのだ、では違う。(曹洞禅の陥穽)


元々それであることを得心するための道、即ち門無き門を叩くための努力が要る。


それを“氣道”と呼んでいる。


そして、“氣道”とは自然に生き、自然に活かすことだとも。


すると健康、整体も更に顕れる。(健康自然道)


晴哉先生やアジャ、ラマナの言葉の炙り出しを、
体を通しての禅として行っているのが、“氣道”「のapproach」。


淨潤