朝、俺は、いつものように出勤するため、電車に乗っていた。普段は、ラッシュを避けて早めに家を出るのだが、この日は少し寝坊をしてしまい、完全にラッシュにつかまっていた。
家の最寄り駅から会社の最寄り駅までは、9つの駅があり、約20分ほどで着く。車内は、人で埋もれていて、外とは全く違い、人の熱気でサウナのような状態だった。駅を2つ過ぎた辺りで、汗ばむ程の熱気だった。
俺はドア付近の座席に背をもたれ掛けるようにして、イヤホンからの音楽に耳を傾けながら立っていた。4つ目の駅で電車が停まった時、一人の女性が乗り込んできた。目鼻立ちのしっかりした、北欧系の顔をした女性だった。とても綺麗な女性だった。
彼女は乗り込むなり、熱いためなのか、コートを脱ぎだした。すると、彼女は、おなかの大きな(おそらく妊娠八ヶ月目ぐらいであろう)妊婦であった。
人が多く、なかなか電車の中の方へ入ることができない彼女は、座るのを諦めたかのように、ドア付近に立っていた。あんなにおなかが大きいと、妊婦は大変だろうなと、俺は思いなが立っていた。
6つ目の駅を通過したぐらいだろうか。彼女の顔色が少し蒼白になり、額には汗が浮かんでいた。表情にも少し翳りが見えた。どうしたのだろうと思いながらも、満員電車のため「大丈夫ですか?」との声も掛けられずにいた。
7つ目の駅に停車し、ドアが開いた瞬間。電車から降りようとする人達が、一気に車外へ出ようとした。その勢いに飲み込まれ、彼女も車外に追い出された。だが、追い出されたと同時に、彼女は足から崩れるようにして、その場に倒れた。一瞬の出来事だった。
彼女は、苦しい顔をして身体を起こそうとしていた。だが、力が入らないせいか、それができない。俺は慌てて近づき、『大丈夫ですか?』と声をかけ、手を差し伸べた。しかし、彼女の手は、俺のほうには届いてこなかった。『うぅ、うぅ・・・』という言葉しか届いてこなかった。近づいて気付いたのだが、彼女の倒れているその場には、無色透明の液体と、それに混ざり、赤色の液体が地面に拡がっていた。破水していたのだ。
俺は、大声を上げ、近くにいた駅員を呼んだ。すると、駅員はマイクを使い応援を呼んだ。すぐに数名の駅員が到着し、彼女を介抱した。俺もその場に残り、彼女の介抱をしていた。しかし、こんな状況で俺にできることは何もなかった。
数分後に救急隊が到着し、彼女を担架に乗せ、運んでいった。これでもう大丈夫だろう。俺は、駅員に身元を聞かれたが、出社しなければならないため、名刺だけを渡して会社へ向かった。そして、普通に出社をし、仕事を終えた。今日は、一日がとても永く感じられた。それは、朝から凄い出来事に遭ったからだと思う。そして・・・
ホントに、心から想う。
『彼女の子供が、無事に産まれてきますように。』と。
って、こんなことを朝から妄想してました。妊娠した女性が電車に乗ってきたことは本当だけど、ジェントルな人に席を譲られて、座っていました。俺と違って、その人は本当に良い人であり、こんな人が世の中に多ければいいなって感じた一日でした。