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農業大学校 〜農業とは〜

joeです。

実は、私、週末のみですが、

千葉県農業大学校が主催する
平成22年度の就農準備講座を受講することにしました。

応募は、3月頃にしており、
審査の上で、選考されたものだけが受講することができます。

今回は、約3倍もの応募があったそうです。。。

農業ブームですかね。

だけど、農業は、厳しいですよ。


校長先生も開講式で、
はっきりと、儲かる農業を目指して頂きたい。とおっしゃいました。

また、農業は、特殊な仕事です。
講義を聞いて一番印象に残ったのが、
他の産業では、考えられないくらい危険が伴うということです。

何の資格もなく、人殺しができる機械や薬を扱う。
みんな個人事業主だから、自己責任。

労災なんていうものは、ありません。


アメリカでは、当然ですが、
日本でこういうフレーズの話を聞いたのは、
初めてかもしれません。

他の仕事と比較すると厳しいですよね。


昔は、農業がメインの時代は、これがスタンダードですが、
今は、これがスタンダードではないですからね。
リスク、危険も大きいということです。
(肉体面及び資金面においても、、。)


だからこそ、儲かる仕組み、儲かる農業にしなくてはいけないと思いました。


また、農業を学ぶとは、ある意味日本の歴史を学ぶような気がします。
縄文時代からの日本人の知恵。


光と水と土。
この3つを学ぶ。

すごいテーマだなとつくづく思います。



微力だが、農業について学び、
農業を通じて何かしら、
自分の家、近所などでいいから、社会貢献ができたらいいなと思う。


それが、これからの子供たちに何か残せるプレゼントになりそうな気がします。


最後に、
初登校は、開講式もあり、とても緊張しました。
この年になり、またこういう気持ちを味わえるのは、
本当にいいことだし、
僕は、自分で自分のことを幸せものだと実感する。

4年くらい前もUC IrvineのESLに参加し、
本当にいい経験をした。

この時は、自分の人生どうなるのか?
という不安と期待とがスパークしていましたが、、、。


今回も若い女性(多分20歳くらい)から、
定年前の65歳くらいまで、
と生徒はかなりバリエーション豊かです。


こういった機会を与えてくださった学校と
家族に心から感謝しています。
ありがとう。


校訓と授業風景(機械の使い方講習)
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師匠

joeです。

東京に行っており、ブログ更新ご無沙汰してしまいました。

小さなことですが、いいことがありました。

昔の恩師に会いました。


僕の結婚式以来なので、3年振りくらいにお会いしました。


立場的には、仕入先、取引先との関係で仕事をしていましたが、
僕が、相手の会社内に机があり、
毎日、相手の会社に出勤していたので、
同じ会社で働いているような感じです。(実際は、いろいろあるのですが、、、。)


師匠、弟子という感じで仕事をさせて頂きました。
年齢もお父さんと子供くらいの年齢差があります。


よく一緒に中国に出張に行きました。
トラブルも一緒にいろいろ経験しました。

中国で大雨の洪水の時は、すごかったです。


師匠が社内でトラブルで怒鳴られていると、
側で僕がすぐにフォロー、説明をその師匠の上司にしていました。

今思えば、不思議な関係でした。


おじいさんで、当時はPCもうまく使えなかったので、
出張精算とかしてあげました。
だから、その会社のいろいろな提出書類から
なにから何まで僕は詳しくなりました。


恥ずかしい懐かしい思い出ですが、
業務上、私が異動になる時、
その人と最後の出張の際に、

飛行機で泣いたのをよく覚えています。
若かったです。熱い男でした。
今思うと、恥ずかしいですね。。。


その時の仕事が大好きで、

一緒に仕事をしているメンバーが大好きで、

商品が大好きで、

中国の工場の人達も大好きで、

みんなが喜ぶのが大好きでした。


寝る時間もなく、
コンプライアンスなんて言葉もなく、

ただただ、
その道で一番になりたいそんな気持ちで
働きました。

その時のモットーは、No,1.
その為に、人の3倍働く、努力する。


それから、年月が経ちましたが、
その時の僕が出した営業成績が未だに過去最高だということです。
以前勤務していた会社は、その時の売上数字が半分もないそうです。

今勤務している人達に、申し訳ないですが、
そういうこと言われるとうれしいです。


ご馳走になってしまったので、
お礼にうちの田んぼで取れたお米(本日、精米したもの)、
うちの畑のタマネギ(泥付き、無農薬)をおくりました。

荷物を受け取った時の笑顔が楽しみです。

タマネギは、血液サラサラになるので、お酒飲みにはいいそうです。



最後に、これを書きながら、
今の自分のモットーは、何か?とふと思いました。

”家族の幸せ”という言葉が出てきました。

これは、これでいいかも知れないが、
再度、自分の会社の方向性、数字なども
再考するようにというメッセージのような気がします。


いろいろ当時もお世話になりました。
これからも宜しくお願いします。ありがとうございます。


2つ不思議ないいことがあったのと、
農業大学の事をブログにupしたかったのですが、
後日にします。

日本代表

joeです。

なんだか寂しい、悲しい気持ちになります。

サッカー日本代表が発表になりました。

いろいろと議論が残る選手選考でした。

決めたのも発表当日ということなので、
岡田監督も相当悩んだことでしょう。


しかし、悩んだのは、サブのメンバーが主体で、
レギュラーメンバーは、以前からみなさんが周知の通りだったと思います。


だから、誰が選ばれたということも大事ですが、

やはり、岡田監督の戦術というか
あの世界との戦い方で本当にいいものなのか?
というのを改めて感じます。


とは、いいものの戦うのは、選手一人一人です。

プレーは無論のこと、グラウンド外でのマナーも見られることでしょう。


海外から、
世界から見れば、
日本国内で異論があろうが、なかろうが
関係ありません。

その人達が、日本の代表です。


海外に住んでいた時に私は、
日本人メジャーリーガーの試合をよく見に行きました。

何故か?胸にこみ上げてくる気持ちが忘れられません。

多分、日本人だからでしょう。

異国でがんばる姿には、
その人の後ろ姿には、
なんとも言えない言葉や、
その人のいっぱいの努力が僕には見えます。


日本人としての誇りを持ち、
戦術がいいとか、悪いとか
選手同士の仲がいいとか、悪いとか

いろいろあっても、なくても、
どうでもいいです。

日本代表しているという誇り、

日本人としの誇りを忘れずに、

負けないで欲しい。



そして、見ている日本国民に勇気と希望と夢を与えてほしい。

日本人としての誇りを

日本人を見せてほしい。


僕は、日本人として、日本代表を応援しています。




会社設立 〜父の導き〜

joe です。

昨日、2010年5月10日は、

僕にとって忘れられない一日となりました。


午前中に、公証役場へ行き、公証人に認証してもらい、

午後に、法務局へ行き、会社の登記が受理、完了しました。


自分の会社が、同日付けで設立されました。

とても簡単なあっという間の出来事でした。


担当の人に、いわれるがままに、

書類にどんどん印鑑を押して

印紙を購入し、貼ってという具合です。


緊張しながら、汗ばんだような気持ちで

行きましたが、事務的な手続きで終了。


本当に会社を設立してしまいました。

ひとつの自分の夢でした。

しかし、これからが大事で、

これからがスタートでがんばらなくてはなりません。


ふと、思ったことですが、

"結婚"に似ているような感じです。

結婚がゴールでなく、スタートだなんでよく言いますよね。

僕もそう思いますし、、。


そう思うと仕事と結婚なのかもしれませんね。

とにかく、あせらず、時を待ちながら、

前向きに行動し、

自分自身を常に成長させていきたいです。


そして、実は、とても驚いたことがありました。

5月10日は、九紫大安で、僕の星にとってよい日でしたので、

この日を設立日にしようと思っておりました。


結婚式も5月5日だったので、なんとなく10の数字がいいかな。

なんて、感じで思っていました。


すると、先週に母から、

5月10日は、昨年他界した父の誕生日だということを聞かされて、

びっくり!!!。

なんという偶然。

会社と父の誕生日が一緒だなんんて、、。

この会社も思えば、丁度一年前に、米国での法人登録を依頼しました。
(いろいろとあり、登記出来ませんでした。)

だから、一年越しの行為です。

場所は、日本で登記し、今日本にいます。


思えば、この一年間たくさん悩みました。


すべては、父の導きと信じて、

自分が思うことを、感じることを、信じることを

やってみたい。

最後に、一言。

妻と家族に感謝。

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ありがとう。 〜母の日〜 

joeです。

本日、5月9日は、母の日でした。

母と一緒に母の日を過ごしたのは、

高校時代以来です。

特に、高校までは、
母の日を意識することもなかったので、
あまり覚えておりません。


実家を離れてすぐに、母の有り難みや優しさを感じ、
この日には、カーネーションを送るようにしていました。


面白い話ですが、
アメリカに住んでいるときに、母の日に花を送りました。

確認で電話をすると、なんとアメリカから花が届いたと勘違いしており、
もう送らないでくれ。と言われたのを覚えています。


そして、

昨年も、花を送りました。
昨年は、3つ送りました。

一つは、実母に、

二つ目は、義母に、

三つ目は、祖母に、
その時、祖母は、入院していました。
今年は、送りたくても送れません。


なんだかそういうことを考えていると、

今、今日のこの母と過ごす時間がとても大事に思えます。

何気ない、くだらない会話も、、、。


母は、妻にbagを買ってもらい、
妹に服を買ってもらい、
私が花をプレゼントしました。

とても喜んで、興奮しているようでした。


これを続けるためにも、

僕が、

もっと、もっと、

成長しなくては、いけません。

家族の為に、、。


母ちゃん、ありがとう。

照れくさいけど、、、。







夢の途中 〜サッカーとビジネス〜

joeです。

昨日は、ブログup出来ませんでした。
どんなことでも、毎日は、なかなか難しいですね。


さて、僕は、サッカーが大好きです。

中学では、キャプテン。

地域でもうまい方だったみたいですけど、

思い出は、

泣きながら、とにかく走ったこと。
一人で庭で練習したこと。
それと、いろいろ問題があり、休部になったこと。(笑)


高校入学と同時に、1年のうちから、すぐに3年の試合に出たりしてました。

その後、膝が痛くなり、病院に通院し始め、その後、運動もできなくなりました。
学校にも行かない日々が続いたようです。
気がついたら、素行の悪さから、退部となりました。
ぐうたらな日々で、あまり覚えてもいないし、思い出したくもありません。

一年後くらいに、先生や上級生に詫びを入れ、復活させてもらいました。
一応、副キャプテンさせてもらいました。

大学でも、続けました。
社会人では、チーム作りました。

カズに憧れ、背番号は、11番。
国際試合も視野に入れ、日本の国旗も入れました。

東京のアディダス主催のフットサルの大会で、
優勝(ビジナークラス)したこともあります。

その後、仕事とのバランスを崩し、
たまに参加した試合で調子にのり、
靭帯を切断し、今は、プレーするのは、おとなしくしています。


もうすぐ、サッカーの日本代表が発表です。

個人的には、小笠原がどうなるのか?だけが気になります。
多分、今のままだと、南アフリカでのいい結果は、無理かなと思っています。

4年前は、アメリカで、朝早くから見ていたのをよく覚えています。@Toscana,Irvine,CA

あのオーストラリアに負けた日は、何もする力がなかったです。


それよりも、みなさん、日本サッカーが、世界順位を下げているのをご存知ですか?

日本は、ー11です。(過去10年間の統計です。)


逆に世界順位を上げている国もあります。
ギリシャ(45)、スイス(37)、オーストラリア(28)、
チリ(24)、カメルーン(19)などです。()は上げ幅です。


それは、経済との共通点があるのです。
人やモノの行き来が自由な国が順位を上げているのです。


さらに、日本人の米国への留学生の数も、
08年は、07年と比べて、
14%も減りました。

逆に、
韓国は、9%。
中国は、21%も増えています。

今の日本人は、特に、
若い人は、内向きみたいです。

また、これは個人データを、二つご紹介します。

日本人よりも他国の人の方が長い期間留学をしています。

さらに、日本人でも留学にくる若い女の子は、全然違いますね。
これについては、ここまでにしておきます。本当にぼくもびっくりしました。


現代、サッカーも商売(ビジネス)もどちらかといえば、
内向きの傾向が強いようです。

内向きだと競争に弱くなるらしいです。

これからは、日本で勝っても、世界で勝たないといけない時代です。

日本は、いい国です。
しかし、この日本にいると、それを感じません。

それが、一番怖いです。。。不思議です。


とにかく、毎日耳に入ってくる情報を
自分なりに、ブロックまたは、キャッチして、
今、いる、ある自分の立ち位置を

世界基準で考えることが大事だと思います。


おじさんの僕は、いつまでも外向きでいきたいです。

僕は、何かしら、世界に対して、

モノを売っていきたいと願っている一人です。


そう思い、海外へ飛び出し、今戻ってきています。


いつか、これからの若い人の為になる、

そして、日本の為になる何かが出来れば幸いです。

まだまだ、夢の途中。



日本のサッカーも夢への途中。

http://www.j-league.or.jp/100year/



今の結果を気にせず、修正することが大事です。

がんばろう。







古来からの本来の日本人の姿 〜僕が感じる田舎のいいところ〜

joeです。

僕が感じる田舎のいいところをご紹介したいと思います。

先日、墓参りに行った際に、誰かがお線香をあげた形跡がありました。


母は、たぶん親戚の叔父さんだとすぐにわかったようです。

家の田んぼに様子を見に来るだびにお墓に立ち寄るそうです。
たまに、父は、お酒が大好きだったので、お酒など置いていってくれるらしいです。


今、その叔父さんに家の田んぼでお米を作ってもらっています。


基本的に、この叔父さんは、
無口で、
無骨で、
無愛想で、
基本的にとっつきにくい感じで、

よく叔母さんを怒鳴っているイメージがありました。

今思うと、田舎のシャイな叔父さんなのかなと思います。


今日その叔父さんがいきなり来て、叔父さんが漬けた自家製の古漬けをもらいました。


これが、本当にうまくて、先週も頂いたばかり。

僕がうまいと言ったから、持って来てくれたようです。

本当に美味しいんです。
漬け物屋を始めようかと思うくらい。


自家の畑の昔ながらの手作りきゅうりを半年かけて、

天然の塩で揉んで、かえして、何度も何度も手間ひまかけて(約半年)作ったものです。

どうですか?食べてみたくなりますよね???


あっ、話が脱線。



何がいいたいかというと、僕の父、祖父や祖母は、もう既にこの世にいませんが、

何かこういうことを通じて、何かつながりを感じることができます。



なんかうまく説明できませんが、


こういう亡くなった人との付き合い方って、古来の日本人の感覚ですよね。

生きている人、会社の上司や、客など対面だけで付き合うのとは違いますよね。


自分が何をしているなんてアピールしません。
短期間では、わかりませんが、背中で物を語る男という感じです。


僕は、思うんです。去年、父の葬儀の時に思ったんです。

もし、田舎に帰って来たら、この叔父さんがしてくれた行為や思い。

そういったものを、僕は、古くさいかもしれないけど、

お世話になった人に、


恩返ししたい。



だって、父が、祖父が、祖母が、我が家がお世話になったから、、、。

だから、今の僕がいる。

ずっと、家を空けていたけど、今こうしていられるのも、

そういった人達のお陰だと思う。



その為にも、僕は、強くなりたい。


そして、


いつか、僕も、お墓に入った後に、

誰かが人知れず、線香をあげてもらえる人間になりたい。




家の梅の木に実が成り始めた2010年の5月の初旬です。

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伝説の結婚式スピーチ 〜結婚記念日〜

joeです。

今日は、3回目の結婚記念日でした。

妻と母と三人で外食しました。これからも宜しくお願いします。


えーっと、

懐かしいですね。三年前が、、。

あの時は、父も祖父も祖母も元気でした。


父の結婚式でのスピーチ今でも覚えています。

来て頂いた来賓の方々が大絶賛の伝説のスピーチでした。


まず、妻の父が、泣きながら、娘への思いを、幸せを願い言葉にしました。

その場は、いいムードで、涙が、涙が、、、。


その後、父のスピーチの順番が来ました。

いきなり、にゃっと笑いながら、お辞儀をしました。


そして、


本日は、皆様方から多くのご祝儀を頂き、

うれしくて、うれしくて、涙が止まりません。

と言って目をこすり、泣いたふりをして、


さらに、、


ありがとうございましたーーー。と言って、

さらに、勢いあまり、

マイクに頭を強打してしまいました。


狙ってやったのか、どうかわかりませんが、

父が楽しそうにしていた姿を見たのは、その時が最後でした。



あの頃に描いていた姿と今は、思ってもみない形でした。

しかし、後悔していません。

新しいことに挑戦することは、自分の成長につながると信じています。


正直、今は、つらいこともあります。

サラリーマンが、安定収入がいいな。と思い、自分を責めることもあります。

しかし、一度しかない人生。


後悔しないように、僕しかできないことを、僕だからできることを見つめ、

とことんやってみようと思います。

だって、今は、今のこの瞬間しかないから、、、。

もう二度と戻らないから、、。


みなさん、立場や環境は違えど、一緒にがんばりましょう。

宜しくお願いします。


以前ハワイの有名なスピリチュアルのヒーラーさんにアドバイスされました。
夕日を見なさい。とすると心を洗ってもらえるとのことです。
どうですか?この写真。なんと夕日が田植えが終わった田んぼに反射しているのです。
すごい、この田舎っぷり。

$苦手な田舎暮らしスタート! with my family-5.5.2010 Sunset

お墓参り 〜母と二人〜

joeです。

本日大安です。朝イチで母とお墓参りに行きました。

田舎って、お墓によく行くんですよね。みなさんどうされてますか?

こんなに生まれていったことないくらいのペースでお墓に行っています。
これも、アメリカから帰国し、実家に住み田舎暮らしをしているので、わかることです。


うちのお墓は、塔婆が、たくさんたくさんあります。

墓石の後ろの塔婆入れに収まらず、溢れかえっていて、
とんでもないことになっています。
まずは、この整理から、、、。墓地の中でもだんとつです。

いつも母は、花やお線香置き掃除担当とごみの持ち替り担当。

僕は、墓石や周りをきれいにほうきで掃いたりします。

そして、お線香に火をつける。
風のいたずらか、いつも満足する完璧な火の付き具合というのはないですね。


偶然、親戚の叔父さんがいて、除草剤を撒いてくれました。
次いでに親戚の叔父さんのお墓にも線香あげました。


実は、この叔父さんに会いたいなとここ2,3日くらい思っていたんです。

仕事のことで少し話しがしたいなと思っていたので、、。

わざわざ、家に行くのもなんだしと思っていたら、、、。

これは、亡き父が引き合わせてくれたんだろうと思いました。

ありがとう。


帰り道に、母の部屋に置くグリーン(植物)を購入しました。
ぐっすり、寝れるように、そして、植物から睡眠中に、生のパワーが取れますように、、。


あれっ、、。
妻は、、、。
そうです。ベットですやすやしています。植物置き過ぎかな?
帰っても何事もなかったかのように、すやすやされていました。

こんな家族です。

それでも、家族円満です。。。(笑)
田舎暮らし with my family

姉妹 〜夢の大切さ〜

joeです。

妻の両親と兄、親戚の叔母さん、従姉妹と会いました。

親戚の叔母さんと従姉妹とは、
結婚式以来なので、

2回目です。。。大変ご無沙汰しております。

なので、まともに話すのは、今回が初めてです。


まず、結論。会ってとても元気をもらいました。


本当に最近思うことですが、親戚のつながりって、すごいですよね。

最近は、嫌なひととか、うざいとか思う人も多いようですが、
僕は、とても大事にしたいと考えているアメリカ帰りの古くさい人間です。

ましてや、その従姉妹と会うなんてことを考えると、
壮大なお互いの家の歴史を感じてしまいます。こういうのも縁ですね。


それにしても、妻のお母さんとその妹(妻の叔母さん)顔がそっくりで、笑ってしまいます。
僕は、小さい頃から両親と妹と顔も似ていなし、体形も正反対だったので、
なんだかうれしくなってわらってしまいますね。

叔母さんなので、どこでも周りを気にせずにケラケラ大笑いするので、少し恥ずかしいですが、
何歳になっても姉妹は、姉妹。

東京の皇居の周り(最高のパワースポットですよ。)を
skybusというツアーで回りましたが、
先頭に二人で座って大喜び。かわいいもんですね。

将来、同じ介護施設に一緒に入るとかなんとか話しをしたり、面倒を見てくれだとか、、、。

小さい頃もこんなのだったのかなと思います。

どこに行くとか、何を見るとかよりも、

同じ時間に、
同じ空気を吸って、
同じように笑う。

何気ないことだけど、とてもいいなと思う。 pricelessです。

なんなんだろう?なぜなのだろう?

夕食の後、みんなホロ酔い加減で、帰り道のお店に入ったら、
そこが、まるで、さっき通り過ぎた時と別のお店に見え、
みんなでわいわい、買い物したり、一種の魔法にかかったようですね。



最後に、とても心に残った言葉。

親戚の叔母さんから、、、、

夢を持ちなさい。ずっと、死ぬまで、、。

今が一番大変な時だね。よくわかるよ。だから、夢を持ちなさい。
私の亡くなった主人は、そうしてたから、、。

心の奥の何かが強くなった気がしました。


親戚の従姉妹から、、、

脱サラ?私も。ここにいる人みんな脱サラだね。

僕の心の枠がふわっと軽くなった気がしました。


両親、叔母さんとても楽しそうでした。
僕も楽しかったです。

ありがとう。




pic#夕食の前に一緒に見た夕日。

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