19XX年3月JOE ALCOHOL静岡県三島市国立軍隊病院で生まれる。その二日後EDDIE ALCOHOL同病院で誕生。

1988年5月ライブハウスで活動。

1990年7月 ジェットボーイズにベーシストとして参加。

1991年4月 故ジョニー・サンダーズが来日。サインを求めたJOEの右手の甲に「13」という文字を書き残していく。それ以来この数字にこだわりを持つようになるが、意味は解らないらしい....。

1991年。ジェットボーイズのメンバーとして東名阪ツアー、アメリカツアー、そして伝説の名盤「TEENAGE THUNDER」をリリース。以後アメリカからのEP「GETOUT MY GIRL」「WILD PARTY」10インチ「RADIO THUNDER」をリリース。

1992年某日 ジェットボーイズを脱退。

1993年10月 もう東京の生活に疲れ、バンドさえやめようと思っていたが、もう一度みずからのバンドを作ろうと決意。THE HONG KONG KNIFE結成!バンド名は「セックスピストルズ」や「ニューヨークドールズ」のようなすごいバンドになりたかったので、地名と武器を重ねりゃあカンペキだろう。」と思い命名。

1993年11月 結成直後、西新宿にあった新宿ロフトのオールナイトパンクフェスティバルでステージデビュー。350人超満員のパンクスに滅茶苦茶なステージを見せつける。全国4ヵ所、初のツアー「KING OF GYPSYS TOUR '94」を行う。

1994年11月 ジシュ制作でEP「UNFORTUNATE MOTHER FUCKER」を英・独・仏・米・日本でリリースし、レコードデビュー。発売記念ツアー「MODERN LOVE TOUR」を行う。

1995年5月 下北沢SHELTERにてワンマンライブ。カセット「SCULL'N'ROLL」を無料配布。

1995年6月 ミニアルバム「MIDNIGHT BLUES」リリース。翌月「MIDNIGHT BLUES TOUR」を行う。

1995年11月「MIDNIGHT BLUES」の英語版「JUST ANOTHER NIGHT」をアナログでリリース。独のパンクファンジン「3rd generation nation」の表紙を飾る。紙面では「ジョニーサンダーズ・フロム・トキオ」と評されている。

1996年8月 1st アルバム「HATE ME MORE」リリース。主に海外のファンジンから「ロックンロール、パンク、ガレージ、ロカビリーなど様々なサウンドが融合されたロック」として高い評価を受ける。そのような交流の中、リベンジレコードのオーナー、バーナード氏に誘われ、イギーポップ・トリビュートアルバムに参加。全国13ヵ所で「COUNT DOWN LOVE TOUR」を行う。

1997年6月 ガレージコンピレーション「アトミック番町!転校編」に参加。その後テレビ等のメディアに進出。

1998年7月 新宿ロフトにてワンマンライブ。

1998年10月 満を持して2ndアルバム「HEARTBREAK JET SALOON」をロフトレコードよりリリース。
1999年2月 下北沢SHELTERにてワンマンライブ。
1999年6月 「CHERISHED MEMORIES」「SELFDESTRUCTION ROCK」をデモ・レコーディング。後にSHELTERのワンマンライブで「'99DEMO」として無料配布される。
1999年10月 JOE ALCOHOL(B. Vo)とGUITAR WOLFのTORU(Dr)、MAD3のEDDIE LEGEND(G. Vo)で「KING ROCKER」を結成。エルビィス・プレスリーやジョニー・サンダーズなどの曲をカバーしたアルバム「REAL KOOL KATS」をリリース。リハーサル一切なしでレコーディングを決行。なんとあのFUJI ROCK FESTIVALへの出演依頼があったとの噂も...。

2000年1月 「HEARTBREAK JET SALOON」より「December's Children」をシングルカット。カップリングは「H.B.J.S.Revisited session」と題されたスタジオライブ4曲。
2000年2月 コンピレーション「FACTORY CD 弐」に「FACTORY」という曲で参加。
2000年4月「BLAST LOVE TOUR」を全国8ヶ所で行う。最終日は下北沢SHELTERにてワンマンライブ。
2000年7月 マキシシングル「CHERISHED MEMORIES」をリリース。
タイトルチューンのM-1「CHERISHED MEMORIES」は、M-4「CHERISHED MEMORIES (ORIGINAL VERSION)」をフジテレビ系アニメ「GTO」のためにアレンジしたもので、6月4日~9月まで同アニメのエンディングテーマとしてオンエアされる。
M-2「(TRAILOR OF) BREAKE STATE SURVIVOR」とM-3「SELFDESTRUCTION ROCK」はまさに、8月23日発売の3rdアルバム「BREAK STATE SURVIVOR」の予告編である。この2000年に生き残ってしまったすべての人たちのサウンドトラックであるこのアルバムには、狂気とイノセントの境界線上でTHE HONG KONG KNIFEが奏でる13曲のバラッドが収録されている。(ライナーより)
2000年8月 全国13ヶ所の「SELFDESTRUCTION LOVE TOUR」がスタート。
2000年夏 THKK最高傑作と呼び名の高い「BREAK STATE SURVIVOR」をリリース。
200011月マキシシングル「LOVE ME!!」リリース。バイオリンなどのストリングスを加えた楽曲は闇の末縺のエンディングテーマに起用され今だ売れ続けている

2001年ベスト&ライブの2枚組「BLACK LEATHER DISCHORD」リリース
2001冬、JOE ALCOHOL肝機能障害で入院、メンバーから、ライブをキャンセルさせられる「ツアーに行く為にわざわざ入院したのに....」(当時のインタビューより)

2002年春退院後僅かな時間で作られた「DYNAMITE CANDY」リリース。
同年"STILL ALIVE TOUR"ファイナルをオンエアーウエストにて行ない大成功をおさめる
同年冬「無期限休止宣言」
2003春、JOE ALCOHOL & THE OLD BOYS後にJUSTICEとなり東京、名古屋などでライブを行なう。その後また体調を崩し、いよいよ東京を離れ静岡県三島市に帰る。
2003冬、クラブチッタ川崎にてホンコンナイフ1日だけの再結成。

2004夏"JOE ALCOHOL GROUP"として活動。お台場ロックンロールサミットにて解散。と同時にJOE ALCOHOLソロ活動の一つとして、ジョニーサンダース
トリビュートアルバムに「BLAME IT ON MOM」で参加。何とこのトラックはギター、ベース、ドラムなど全てJOE独りによる録音であった。

2005春。地元静岡県東部の最強ロッカーズ"440'S"と組み、JOE ALCOHOL & THE FOURFORTIESとして活動再開。地元のみならず、東京、静岡、名古屋etc...と以前にも増して精力的に活動。現在に至る。

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