そして、会食当日。 

お店に現れた前田敦子を前にして、すでに「緊張死」しそうになっている私がいました。 

前日に前田敦子主演の『もらとりあむタマ子』を観て復習しておいたのですが、この映画の中で、彼女は外見に気を遣わず家で漫画を読み漁るニートの役なのですが、 

その役と、『ウェスティンホテル東京』にドレスアップして現れた彼女のギャップがあまりにも凄まじかったからです。


しかし私は 

(落ち着け。今回の会食の準備は完璧なのだ……) 

と自分に言い聞かせ、席に着いた前田敦子に対して『もらとりあむタマ子』の話をしながら、次の質問を彼女にぶつけました。 

「前田さんの一番好きな映画は何ですか?」 

――美女との会食も5回目になり、私は美女との会話における最強のノウハウを発見しました。それは 

「とりあえず、映画の話しとけ」理論 

です。 

前にも書きましたが、私は日常生活のすべてを部屋の中でパソコンの前で過ごし、ディナーはほぼ大戸屋で済ませており、 

私と美女とは生活は、原始時代とIT時代くらいの差があります。しかし、どれだけ私が反セレブ的な生活をしていたとしても、会話の冒頭を 

「クリストファー・ノーラン」 

とかで始めれば、突然、場にはお洒落な空気が漂い、美女と同じ土俵に上がれることが判明したのでした。 

そしてこの日も私は、鉄板焼きを前にして、映画の話をするという美女への鉄板トークを繰り出したわけですが、「一番好きな映画は何?」の質問に対して前田敦子はこう答えました。 

「『500日のサマー』です」 

結論を言うと、こんな映画観たことも聞いたこともありませんでした。 

ただ、問題は、彼女の言い方から察するに、500日のサマーは映画通の間では、むしろかなり知られた映画であることは間違いなく、私はとっさに、 

「ああ、はいはい(アレね)」 

と答えてしまったのです! 

そして、地獄が始まりました。自分のウソがばれないように会話を取り繕おうとすればするほど緊張は高まり、何をしゃべって良いか分からなくなってしまったのです。

(終わった――) 

会話の開始から5分足らずで私の意識は朦朧とし、頭の中ではJAYWALKの『何も言えなくて……夏』が流れ始めました。 

こうして私は、前田敦子との会話を「相槌のみ」で対応し始めたわけですが――天上界で私を見ていたブッダが、贈り物をしてくれたのかもしれません――前田敦子はふと、こんなことを口にしたのです。 

「家で映画のDVDを何本も連続で観たりするんですよ。猫を飼っているので家にいることが多いんですよね」

ね、猫ですと――。 

ここで読者の皆様は知る由もないと思うんですけど、そして全然こんなことに興味もないと思うんですけど、 

僕、めっちゃ猫好きなんですよ。 

もう本当に猫が好きすぎて、猫が自由に走り回れないから猫に悪いって理由で部屋で猫が飼えないくらい好きで、 

じゃあ猫カフェ行けやってことになると思うんですけど、猫カフェの猫は 

お金目当てで接客してるキャバ嬢 

であることが完全に見抜けてしまうんですよ。 

それくらい猫が好きなんで、猫好きの前田敦子と会話が盛り上がらないはずがなく、 

彼女が最近飼い始めた「ナポレオン」という珍しい種類の猫が、ペルシャ猫に似ているという話になり、 

「ということは大島弓子の『綿の国星』のチビ猫的な?」 

などと質問したり、そこから大島弓子つながりで『グーグーだって猫である』の話になり、犬童一心の映画について語り合うという、「猫からの日本映画コンボ」を炸裂させたのでした。 

こうして会話の盛り上がりが最高潮に達したとき、私たちの目の前に出されたのが、最高級黒毛和牛「恵比寿牛」のステーキだったのです。

前田敦子がそのお肉を口に入れ 

「このお肉、すごくおいしいです!」 

と表情を輝かせた瞬間、私は勝利を確信しました。そして、勝利を確信した羽生善治の駒を持つ指先が震えるように――私は唇を震わせながら言いました。

「ところで、前田さん、先ほどコンソメスープを飲んだのを覚えてますか?」 

「ああ、はい。お通しで出てきたスープですよね。あのスープもおいしかったです~」 

軽い感じで彼女が言いましたが、私はズイッと上体を前に傾け、両手を顔の前で組んで言いました。 

「あのコンソメスープは――様々な具材を煮込んで作られたものです。それは、言うなれば、AKBのように多くの人たちが力を結集して生み出すおいしさだと言えるでしょう。しかし……」 

そして私は前田敦子の目の前に置かれた皿を指差して言いました。 

「この黒毛和牛はそのスープに使われていた具材なのです!そしてこのメインディッシュの黒毛和牛のステーキこそが、女優・前田敦子――あなたなのですよ!」 

すると前田敦子はこう答えました。 


「なんじゃそら(笑)」




(そ、そんな――) 

完全に拍子抜けした感じの前田敦子に対して私は熱弁しました。 

「い、いや、前田さんはAKBでご活躍されていた時期は周りに仲間もいっぱいいましたが、今は一人で活動されているので孤独感や不安を味わっているのではないかと思い、こうして、コンソメスープから、メインの和牛を食べてもらったわけなんですよ!」 

すると前田敦子は言いました。 

「今は、別に孤独じゃないですよ。仕事がすごく楽しくて充実してます」 

「ええっ⁉」 

「もちろんAKB時代も楽しかったし、勉強になったこともたくさんありましたが・・・ 

卒業してから、やっと社会で独り立ちできたという感覚なんです。だから毎日が楽しくて」 

その言葉を聞きながら私は思いました。 


「アシスタントのO、クビにしたろかな」 


――ただ、今回食事をして気づかされたのは、国民的有名人とはいえ前田敦子も一人の女性であり、変にAKBに絡めて考える必要はなく―― 

その意味で、景色の良いお店で彼女の好きな料理を用意できたのはOのおかげであり、 

「フライとナゲット」を用意しなくて本当に良かった 

と思いました。【完】


■プロフィール 

まえだあつこ 1991年、千葉生まれ。2012年にAKB48を卒業後、女優として活躍の幅を広げる。沖田修一監督・脚本『モヒカン故郷に帰る』が公開中。 

TBS系ドラマ「毒島ゆり子のせきらら日記」(毎週水曜24:10~)では独特の恋愛観を持つ大物政治家の番記者を熱演中 

衣装:ドレス¥51,000〈 シャルル アナスタス〉、ブローチ¥9,000〈 ヤズブキー/ともにDiptrics☎03-3409-0089〉、シューズ〈スタイリスト私物〉 

みずのけいや 1976 年、愛知県生まれ。『夢をかなえるゾウ』シリーズは300 万部、『人生はニャンとかなる!』シリーズは180万部を突破する、人気タイトルを多数持つベストセラー作家。 

現在放送中のドラマ「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」(TBS系毎週金曜22:00~)の原案『スパルタ婚活塾』が好評発売中!