今まで、人に頼まれたことを、必要以上に完結して差し上げることが多く、「出来ません」などと断る事があまりなかった。
しかし、歳なのか…最近、なんとかやってあげようというのが、少し薄れた…というか、もう少し、自分側にバランスが取れてきた気がする。
小学生の時に、隣の人を一言で表現するという課題があった。
今思うと不思議な、いや高度な?課題だと思う。
私は隣の男子になんと、このように評価してもらった。
「サルもおだてりゃ気に登り、サルも木から落ちる」
2つの言葉が、合体している…
要は、おだてたら木に上るし、おっちょこちょいという事だ。
この評価はかなり…正しい。
(眉毛でお返事してくれる、重田君、元気かなぁ…もし、読んでたら、コメント欲しい…)
頼りにされると、動きまくる私だが、おっちょこちょいなのも否めない。
しかし、その2つの特徴のゆえに、自分のミスでややこしくなった問題さえも、なんとかねじ込み、完成させる。
「ありがとうー。流石だわ」
の一言で、苦労もぶっ飛ぶ。
…がしかし…
最近、お願いして、人に動いてもらうのが得意な方?のお願いを断る事が多い。
条件を出して、Aはいいけど、プラスBとCなら、来週まで、と言うとする。
すると、相手がAとBで今週中、と言う。
ん?何故だ?
それおかしいでしょ?
もう一つ、この日までにしか変更できないからね、と言ってあっても、期日を超えての「ちょっとした」変更
この場合は、私がするのではなく、人と人の間に入るのでこれまた、めちゃくちゃ気を使う。
今までだったら、お願いしただろうなぁ
「ごめんね」って謝り続けて、やっただろうなぁ
でも、今回は、「無理です」と一言伝えた。
こういうタイプの依頼に、あまりの押しの強さに、自分の睡眠時間やら、他のことを放棄して、こなしてきたけれど、いや、無理だし、ちゃんと言ってるの、聞いてないの?という気持ちが先立って、ちゃんと断る。
今までなら、その後に、散々…
断って良かったのか?…とか、
実は、ずーっとずーっと…グルグルしてしまう。
そして、相手に悪いんじゃないか?と思って、結局、希望を叶えて差し上げる。
また、嫌な気持ちのオーラをかんじてしまう。
それを受けながら、平気な顔ができなかった。、
だから、相手が満足する道を提供する。
実は私は、自分で言うのもなんだけど、相当、器用である。
周りが腰抜かすくらい、動ける。
そう、それは神様から頂いたタレントだけど、今までは、そう言った依頼にその能力を使ってきていた。
ところが、何故か?
最近、私の脳が目覚めた。
やって差し上げることと、自分のための、例えば仕事だったり、自分の利益のためにやることの線引き、必要だと。
そしたら、「無理すればできる」をやらなくなった。
そうしてみたら、自分の大切にしたい事が、優先できたり、自分のことを考える時間が増えている。
50歳と言う歳を超えたせいか?
もしくは、栄養のおかげか?(いいものに出会って、からだ改革中)
自分から見る、景色が違う。
感じてしまっていた、嫌なオーラも、フォーカスしなくなってしまった。
放っておく。そのオーラを出してる方を気にしても、私は結局、一時凌ぎしかしてあげられず、本人のその思考を変えて、助けてあげられないから。
これを続けた先に、どんな変化があるか、楽しみでもある。
今年、ご縁で知り合えた、とても素敵な先輩と、本日、1時間、電話で話した。
「大切なのは、時間」
その1時間の中で、彼女は名言を残しまくったが、これが一番、心に響いた。
1年後、2年後、私はどうなっていたいか?
真剣に考える週末にしようと思う。
つくづく…全てのご縁に感謝。
