我が息子は、家族でダンス教室に通ってレッスンを受けています

昨日がそのスクールの発表会でした

会場の文化芸術センター大ホールへ応援に出かけました

 

孫娘は自分のクラスと選抜と合わせて3つのステージに登場しました

 

みんなきらびやかな衣装で一生懸命踊っています

大勢で踊っているので、どれが誰か・・・  でも、みんな立派な踊りぶりでした

 

キッズのクラスはレッスンの曜日やキャリアに応じて、いくつもの発表がありました

 

大人のクラスの発表は合同で一つだけ

息子は永年のキャリアがあり、堂々とした踊りぶりでした

 

嫁も一緒に踊って、ステージを楽しんでいました

 

ダンスのジャンルは、ジャズ・ヒップホップ・ダンス

息子は趣味で以前からやっていましたが、最近は嫁や子どもも巻き込んでみんな楽しくレッスンし、年一度成果を発表するのを目標にしているようで、ダンスが家族を一つにするツールのようです

会場は参加者とその家族で超満員の盛況、ダンスがこれほど楽しまれている事を、改めて実感しました

 

今日は梅を見に、桜之宮公園にある藤田邸跡公園に出かけました

韓国語の授業が東天満で午前中にあり、そこから歩いて15分ほどの公園に梅園があると聞き、咲き始めた梅を期待して訪ねました

 

 

 

公園内には多宝塔のような二重の塔があり、脇にお地蔵さまが祀られていました

 

この場所は明治時代の実業家藤田伝三郎氏の邸宅があった場所だそうです

庭園は平成15年に大阪市の名勝の指定を受けたとのこと

 

公園の隣の藤田美術館やその隣にあった太閤園には行ったことがありましたが、藤田邸跡公園は初めてでした

 

長く大阪に住んでいても、知らない場所がたくさんあります

無料で開放されているこの庭園も、桜の名所としても名高いようで、これから韓国語の授業の後の息抜きにまた訪ねて見ようと思います

 

今朝から降った雪が1cm程度積もって、庭も屋根も真っ白に

 

道路には積もらずすぐ溶ける状況で、ウッドデッキの上の雪が溶ける前に、急いで雪だるまを作りました

といっても、水混じりの雪で形を作るのもままならず、こんな形になってしまいました

 

むかし、母が孫に作ってくれた雪だるまはもっと大きかったな~  と思い出しながら、3年ぶりの積雪での雪遊びでした

 

【追記あり】
翌日、夜に降った雪が白くてきれいだったので、もう一度雪だるま作りに挑戦
手が冷たいのをがまんして作りましたが、この程度です

 

僕が日本語を教えている生徒(東京在住の韓国人)が、「韓国のスタイルで雪だるまを作って見ました」と写真を送ってくれました

 

韓国の雪だるま(ヌンサラムと言います)は日本のものとあまり違わないようです

 

わが家がホストファミリーをしていたハイチの留学生が来日したので、久しぶりに会って食事をしました

 

彼は大阪大学で経済学の学位を取得し、国際的なコンサルタント企業のドイツ本部に就職して10カ月、今回は休暇を取って日本に来ました

彼から英語の手ほどきを受けていた孫も参加して、再会を祝いました

 

彼の職場はとてもストレスフルで、「退職願を出したがボスに慰留された」そうです

その上、ドイツ語がまだあまりできず、現地に友達がおらず、「日本にもどってきてほっとしている」というのが本音のようでした

ミャンマー人の奥さん(医学の学位を取得)はアメリカの研究所に就職して、遠距離夫婦でしたが、近々奥さんが離職してドイツに移住する予定、ようやく「甘い新婚生活」が始まるようです

彼も頑張らねばね

 

僕と家人は久しぶりの英語漬けで、楽しくもしんどい2時間でした

最近「会いたい人に会っておく」という言葉を聞くようになりました

会いたい人に、会えるうちに会う、「終活の一環」とも思えるこの考え方は、死んでしまったら会えない、病気になったら会えない、後悔しないうちにいま会えるうちに会っておくという消極的な響きがありますが、僕は積極的に「思い立ったら吉日、会う機会を作って会いに行こう、会えば楽しみが増える、思い出が増える、こそれが最後というわけではないが、また会えたらまた会えばよい」という考えで、古い友達(馴染み)に会いに出かける努力をするよう心がけています

 

昨日は贔屓の落語家さんの二人会の応援に行ったかえり、曾根崎のバーに立ち寄りました

マスターと彼のパートナーが運営する小さな店で、僕はいつもバーボンを飲みます

 

30年ほど前に初めて行った店で、それ以来「名前を忘れられない程度に」通っていますが、仕事を退職して以来足が遠のいて訪ねる機会が減っています

今年84歳のマスターが数年前に脳梗塞(僕と同病)にかかり、体が不自由になったので店はパートナーに任せて自分はいつもカウンターでお酒を飲んでいます

脳梗塞のせいで記憶が薄れかけているので、なおさら「名前を忘れられない」ようにしなければ・・・

 

行く度に「もうこれが最後かも」と思いつつ、店の灯りがついているのを見て「まだやっていたか」と安堵し、「またマスターに会えた」と喜びます

昨日は僕の年賀状(寿老人)を手渡し、寿老人の「健康・長寿」の利益を祈願しました

この日も僕が最初の客だそうで、店が成り立つのか心配になりますが、一年でも一日でも長くお店が続き、マスターが元気に店に出てくれることを祈るばかりです