今日は、早朝から外は嵐です。
強風が、窓ガラスを叩いて、少し異様な雰囲気です。
雨はそれほど強くはありません。
世間様は、大型連休の真っただ中です。
観光地に行かれる方は、気の毒です。
私も、今から30年位前に、ゴールデンウイークに、家族三人で三陸地方へ行きました。
出発予定日の早朝、ほとんど深夜に自宅を出ました。
大正解でした。
東北道は朝から大渋滞で、ほとんど動かなかったのです。
私の感が当たったのです。
そして、三陸海岸沿いに2泊3日しました。
車の運転は、私一人、当時はカーナビありませんでした。
逆に、アナログの良き時代でした。
私どもが訪れた三陸地方は、2011年の東日本大震災で壊滅的な被害を受けました。
今は、貧困自適、晴室雨室の生活を送り、ゴールデンウイークとは無縁の世界にいます。
これも、人生ということです。
基本的に、正解の人生は人それぞれです。
それぞれの価値観で生きることです。
それには、やはり哲学することです。
確固たる信念、価値観は、その人自身の投影となります。
何か、急に話の方向性が変わってしまいました。
そして、今日の本題になります。
女優の、五十嵐淳子さんが、4月28日に亡くなられました。
享年73歳でした。
本当に驚きました。
病気療養ということでもなかったのです。
切なさと、悲しさで心がいっぱいです。
実は、淳子さんは、私の大学の同級生Tの元恋人でした。
学内で、ある日、Tが、かなり興奮し、落ち込んでいました。
彼は、語り始めました。
淳子さんと別れたということでした。
その大きな理由は、淳子さんが、芸能界での恩人俳優Uと親密な中になったということでした。
Uは、淳子さんにとって、ある意味芸能界での恩人でした。
自然の流れでもあったのでしょう。
淳子さんは、その事実を、同級生Tに告げたのでしょう。
Tは、かなり興奮し、結局別れ話へと発展したそうです。
Tと淳子さんは、同じ目白の学校に通っていました。
Tは男子校で、淳子さんは女子校でした。
同学年でした。
文化祭で知り合ったのでしょう。
淳子さんは、すでに少しずつモデルの仕事など、芸能界へと足を踏み入れていたのです。
Tにとって、淳子さんは、次第に別の世界へと入っていったのです。
私は、しばらく(いや、最近まで)、淳子さんには、特別な思いがありました。
私は、やはり、Tの味方でしたからです。
しかし、淳子さんが逝去され、考え方が変わりました。
淳子さんは、地味で、素朴で、イケメンで、高学歴の、
中村雅俊さんとご結婚されました。
雅俊さんは、大変優しい方のようです。
子供さんも4人恵まれました。
しばらく前に、ご長男の方が、不祥事を起こされました。
その時の、淳子さん、雅俊さんのご心痛は、計り知れなかったでしょう。
淳子さんは、しかし、母親、主婦という大役をこなされてきました。
淳子さんにはハードルの高い面もあったかもしれません。
しかし、4人の子供さんを育てあげ、雅俊さんの良き妻をされていたのです。
心から、賛辞を贈りたいと思っています。
淳子さんの人生は、素晴らしい、人生でした。
私は、今、心から、本当に心から、淳子さんにお疲れ様でしたと、
感謝の言葉を贈ります。
おそらく、淳子さんは、雅俊さんにご自身の寿命の残りを捧げてくれたのだと思います。
淳子さん、静かに遠い空でお眠りください。
