追悼 つげ義春さん(3) | C'est ma vie

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毎日平凡でいられることの、非凡さを求めています。

つげさんが亡くなられたのを耳にして2日が過ぎました。

 

未だに喪失感は強いです。

 

しかし、もう一つの感情が沸いています。

 

それは、つげさんの人生の終着点を確認できたという感慨です。

 

長嶋茂雄さんの時でも、同じ感慨をもちました。

 

 

今回はつげさん追悼の3回目です。

 

 

まず、つげさんについて、簡単な略歴からご紹介します。

 

 

つげ義春(本名 柘植義春)

 

1937年(昭和12年)10月30日東京生まれ

 

2026年(令和8年)3月3日逝去 享年88歳

 

漫画家であり、随筆家です。

 

高等小学校卒業後は、メッキ工場に勤めました。

 

これは作品「大場電気鍍金工業所」他でも取り上げています。

 

転職、家出を繰り返し、17歳で漫画家を志し、上京します。

 

そして、某出版社から『白面夜叉』でデビューします。

 

その後、雑誌「ガロ」に作品を投稿します。

 

この時代の作品は、それまでの時代劇から、現時代描写へと変わっています。

 

特に、「沼」、「チーコ」等は、私の大のお気に入り作品です。

 

そして、何と言っても、つげ義春さんの名前を、多くの文化人、読者に

 

衝撃を与えた作品、「ねじ式」を発表します。

 

とにかく、幻想と、現実と、夢と、読者の脳内活動が乱れる、

 

まさに、画期的な前衛的な作品でした。

 

しかし、いずれ述べることになりますが、この作品は、

 

つげさんにとって、漫画界で食べていくための、奇策作品だったのです。

 

その後、1967年から1968年まで、精力的に執筆活動を続けました。

 

しかし、体調不良(精神不良)により、寡作となりました。

 

1987年以降漫画作品は発表していません。

 

つげさんは、男三人、母親再婚後の女二人の兄弟姉妹がいます。

 

早くに父親を亡くし、貧困状態で、つげさんは他の男兄弟と、

 

高等小学校卒業後、働きにでます。

 

つげさんを語る上で、一番重要であり、原点でもあるのが、

 

生まれながらにして抱えていた精神疾患でした。

 

対人恐怖症、赤面症等、神経症です。

 

そして、不安症です。

 

つげさんが、漫画家を志した基本的理由になっています。

 

一人で作業できるからです。

 

つげさんは気の向いた時しか作品を執筆しない、寡黙作家でした。

 

そして、1969年に当時アングラ劇団の女優さんだった藤原マキさんと出会います。

 

マキさんは、当時借金だらけでした。

 

また、漫画家つげ義春さんのファンでもありました。

 

マキさんは、着の身着のままで、つげさんのアパートへころがりこみます。

 

そして、二人はしばらく同棲生活が続き、その後長男(正助さん)が生まれ、

 

正式に入籍しました。

 

しかし、約一年半後に、彼女は癌に罹患します。

 

その時は完治しましたが、1998年に進行していたスキルス癌になりました。

 

そして、翌年、つげさん、ご長男さんに見守られながら、58年の生涯を閉じられました。

 

マキさんは、生来大変アクティビティな性格でした。

 

その点、つげさんとは、真逆でした。

 

たえず行動のマキさんと、仕事柄部屋にいるつげさんとは、喧嘩が絶えませんでした。

 

もちろん、お互い憎しみ合っている訳ではありませんでした。

 

マキさんも、つげさんと同じで、旅が好きでした。

 

その時は、旅の全ての設定は、つげさん任せでした。

 

旅先でも、家にいる時と違い、大変従順な女性に変貌していたそうです。

 

マキさんの深層心理が、この旅(自分の解放)の中にあったのでしょう。

 

マキさんも、絵日記風の「私の絵日記」を発表しています。

 

私的に、この作品は、大好きで、本当に読んでいて心が温まります。

 

内容は、家族三人の日常風景、旅先での思い出等です。

 

マキさんの、心風景が、家族に対する愛情と結びついています。

 

ただし、つげさんに言わせると、かなりマキさんの独りよがりであると・・・

 

しかし、どんな作品も、少しのフィクションを入れないと面白くありません。

 

喧嘩が絶えなかったつげさんとマキさんですが、旅先のスナップには、

 

ご家族の本当に心温まる姿が写っています。

 

このシーンこそが、本当の家族愛なのかもしれません。

 

そして、ご長男の正助さんです。

 

正助さんは、1975年生まれの、今年51歳になります。

 

一人っ子です。

 

彼は、つげさんの作品の中に、たびたび登場します。

 

喘息もちで、素朴な少年です。

 

正助さんの存在が、作品をより切なくしているのです。

 

つげファンにとっては、正助さんは、実の息子のような存在なのです。

 

しかし、実際の正助さんは喘息もちではなかったということです。

 

彼は、つげ義春全集の刊行にご尽力されました。

 

世界で一番つげ義春ファンであり、理解者であると思っています。

 

また、つげ義春さんに話は戻ります。

 

 

つげさんは、大の旅好きでした。

 

これは、ある出版社の企画から生まれ、つげさんが旅の虜になったそうです。

 

ただし、泊るところは、一流の近代的な旅館、ホテルではなく、

 

さびれた、旅館、ホテルでした。

 

この旅の思い出は以下の書籍に書かれています。

 

 

大変面白いです。

 

また、この本片手に旅をするつげファンも存在します。

 

 

今回は、つげ義春さんについて、ご紹介させていただきました。

 

次回からは、つげさんの作品から、私のお気に入りの作品と、

 

簡単な感想を交えてご紹介するつもりです。

 

つげさんの世界に、今まで縁の無かった方たちにも、

 

参考になると嬉しいいですし、

 

多くの人に同じ感動を分かち合えれば、

 

つげさんの供養にもなると思っています。