ここにスミス社長夫妻の写真がある。上品で、幸せそうな雰囲気がよく出ている。ほんとうに、羨ましい限りだ。スミス氏は、英国から移民してきた人で、たしか奥様のご出身は、はっきりと覚えていないが、たしか中南米のコロンビアとか言っておられたように思う。休日のある日、朝から、スミス社長と一緒に、テーブルマウンテンが見えるゴルフ場でゴルフに興じた。青い空がまぶしくて、テーブルマウンテンがはっきり見える。休日と言えども、日本のゴルフ場のように、プレーヤーで一杯には、ならないそうだ。キャディは、黒人のこどもたち。どうやら、我々をだしに賭けをしているらしい。ひょっとしてチップを賭けているのかも。日頃のストレスをゴルフで発散し、プレーの後のビールの美味しかったこと。そのあと、自宅に招かれた。室内は、質素な佇まいであるが気品がある。コーヒーを飲みながら、お互いの家族のことを話したり、応接間に飾られてある日本の置物などを話題にして時間を過ごした。しばらくして、スミス社長から、「海の見えるSea Pointあたりを観光してから、その近くにあるホテルで食事をしよう。」ということになり、スミス夫妻と私で出かけた。
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そのホテルのレストランに入って、すぐ窓から見下ろすと断崖絶壁で、荒々しい波が、こちらに打ち寄せてくるのが見えた。そこは、暖流と寒流の交わるところで、よい漁場の一つだと言っていた。レストランで食べた料理の内容は、いまから30年近くも前のことゆえ、よく覚えていないが、ひとつだけ記憶にある。それは、通称「オマール海老」エビ類では、最大級の大きさで、現在でも高級食材として扱われ、私など若輩者が手を出せるものではなかった。この食材名は、ひょっとしてオマールというアラビア人の名前から取ったのかなと思ったが、実は、フランス語の「Homard」「オマール」に由来する(フランス語は、Hを発音しない。)
海外では、「オマール・ロブスター」と呼んでいた。もちろん、このような豪華な海老を食べるのは初めてで、レモンをぎゅっと絞って、そのまま口に放りこむと、レモンの味とオマール海老から出るジュースが、うまく絡まって、深~~い味になる。その歯ごたえ、プリプリ感が堪らない。この海老だけで、正直、お腹が一杯になった。そのあと、どんな料理が出て来たか全然思い出せないが、ここでも、やはり取って置きの赤のプレミアム・ワインを振舞ってくれた。美味しいワインを飲みながら、延々と楽しいトークに夜が更けるのを忘れた。
翌朝、事務所で、スミス社長の部下である白人、名前は、Mr. Bと彼の奥さんに会った。
今後の商売の話を進めるのは、彼が担当した。残念ながら写真は、残っていない。
2年後に、彼は来日し、我々の大阪本社で商談をして、その翌日、香港経由で南アに帰って行った。その翌日に、テレビを見ていたら、ヨハネスブルグ行きの飛行機が、インド洋のどこかで、墜落したとのニュースが入った。嫌な予感が脳裏を掠めた。もしや、と思いスミス社長に連絡を取ったところ、Mr.Bの乗った南ア航空の便は、インド洋に墜落し、帰らぬ人となったのである。(合掌)
機体は、インド洋の深いところに沈んだので、機体の引き上げは、不可能とのことであった。
Wikipediaによれば、「ケープタウンは、もともと東アフリカ
・インド
・東アジア
貿易
に携わるオランダ
船の食料基地として建設されており、それはスエズ運河
が1869年
に建設される200年以上も前のことであった。Jan van Riebeeck
が1652年
4月6日
に到着して南アフリカで初めてのヨーロッパ
植民地
を設立するのであるが、ケープタウンは急速に成長してヨーロッパ初の前哨基地(Castle of Good Hope
)という元々の目的を超えてしまった。ヨハネスブルグ
やダーバン
が成長するまでは南アフリカ最大の都市であったのである。」と記されている。
クウェートに入国するのは、現地のパスポート・コントロールのカウンターでVISAが取得できる。しかし、サウジアラビアに入国するには、予めアテネにある大使館で入国ビザを取得せねばならない。ビザ取得には、最低5日間(営業日)はかかるという。
ケープタウンでの仕事も終わり、南アを出る日が来た。まず、ナイロビ経由で、アテネに向かった。
(続く)
