ミステリ、映画、ときどきドラマ(主に海外)

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海外ミステリ、海外ミステリドラマ、そして洋画が大好き
ミステリ偏愛歴は約半世紀、おもしろい、薦めたいと思ったものを共有していきたいです

毎年9月になると、その年のミステリーベスト10の本命候補が続々と登場します。お目当ての作家の最新刊を待っている方も多いのではないでしょうか。

はい、私もワシントン・ポー最新作を首を長くして待っていました。『ブラッディダイスの殺人』です。

 

 

半年で17人が犠牲となった連続狙撃事件、全く手がかりがない状況に、懲罰人事により沿岸警備に回されていたポーが呼び戻されます。それぞれ別部門に散っていたティリーとフリン警部も召集され、協力して犯人を追うことになります。被害者には接点がなく、犯行現場もイギリス全土に散っている状況に捜査は難航しますが、ティリーがある「法則」を見出します。それを突破口に犯人の名前だけは判明するものの、顔も居場所も、犯行目的すら依然として不明のまま。犯人の心理を分析すべく、ポーはある医師に協力を依頼するのですが……。

 

物語は冒頭から快調に飛ばしていきます。不気味な狙撃者の描写、そしていきなりの「ティリーの死」。え、と驚く間もなく、時間は数週間前に巻き戻ります。

おんぼろ巡視船で漁船の立入調査に入り、おひょう(魚)を手にして大立ち回りを演じるポー。そこへフリン警部がお迎えにやってくる流れは、まさにファン待望の展開です。

ティリーのKY発言も相変わらず冴え渡っています。きつい言い方を謝罪したフリン警部に、「気にしないで。いま更年期だからしょうがないよ」とフォロー(?)を入れ、警部を激怒させるシーンには思わず爆笑してしまいました。

 

前作の『デスチェアの殺人』で婚約に至ったポーとドイルですが、本作ではいよいよ結婚式を挙げることになっています。事件の捜査と並行して結婚式のリハーサルに参加する、その様子もファンにはたまらない見どころです。(結婚式にキムチ出す?)

 

そんなシリーズファンとしては、もうポーとティリーのやり取りをずっと見ていたい……と思わせる一方で、肝心のミステリー要素や犯人の存在感については、正直なところ「ちょっと小物過ぎたかな」という印象でした。

冒頭のティリーの死に関しても、シリーズを追いかけてきた読者なら、大体の仕掛けが想像できてしまうのではないでしょうか。おかげで私自身、まったくハラハラすることなく通常の心拍数のまま読み終えてしまいました(笑)。

そして……犯人の動機がちっさい。あまりにも小さすぎる。ちょっとがっかりでした。その小物感をカバーするためのラング博士登場かな、という気もしましたが、物語全体の必要性という点では少し疑問が残ります。作者自身が「書くのがあまりにもたのしくて」書いたと最初に宣言してしまうのも納得です。

 

本作における本当の「衝撃展開」は、事件そのものよりも最後に明かされるポーとティリーの今後でしょう。次作では新たな地平で二人が活躍するらしいので、次回作も本当に楽しみです。

 

さて、本作ではもう一つ重要な問題が残されました。ドイルが結婚後ポーの姓を名乗るのかという問題です。ポーは由緒あるドイルの姓を尊重する、と答えますが、急な呼び出しで本件は棚上げになってしまいます。これは、日本なら江戸川姓と横溝姓、どっちを取る?みたいな究極の選択ですよね。選べるわけがありません。

次回作でこの苗字問題がどう決着するのかも含めて、楽しみです。

 

【作品データ】

タイトル: 『ブラッディダイスの殺人』

著者 : M・W・クレイヴン

訳者 : 東野 さやか

レーベル : ‏ ハヤカワ・ミステリ文庫(2026/8/19)

 

 

 

 

意識高い系のイメージがあるA24製作の映画『ワンオペレーション』を見てきました。

 

 

主人公のリンダは、原因不明の摂食障害を患う幼い娘をケアしながら、カウンセラーの仕事をこなしています。夫はクルーズ船の船長で不在がち。ギリギリのところで、一人で日常生活を回してきたリンダでしたが、ある日突然自宅の天井に穴が開くという非常事態に見舞われ、海辺のモーテルに娘と避難することになります。

 

 

しかし、避難先でも災難は続き……娘の要求は際限がなく、娘の主治医は面談の時間が取れないリンダを非難。いないくせに電話で文句だけ言う夫は何の役にも立たず、同僚の精神科医も助けになりません。挙げ句の果てに自分の患者は赤ん坊を置いて失踪。モーテルの受付も駐車場の係員も、すべての人に攻撃され、ハムスターすら好戦的です。崩壊寸前のリンダが救われる道はあるのでしょうか。

 

まず感じたのは、リンダのコミュニケーションの不器用さです。同情はできるけど共感できません。夫含め周り全員敵!みたいな世界の中で、唯一(魂胆はありそうでしたが)寄り添ってくれようとしたモーテルの青年に対しても、とんでもない仕打ちをしてしまいます。孤立無援ですが、その孤立は自ら招いているようにも映るのです。

周りが見えなくなっているリンダに、カメラはひたすら寄り、疲弊していく彼女をクローズアップで捉え続けます。その一方、娘の顔は徹底して画面から隠されます。これは、生活を回すことに手一杯で娘と向き合えていないリンダの主観なのか。あるいは、観客から娘への同情を排除し、リンダの余裕のなさと強制的に同一化させる演出なのか。

本作は、観客自身の置かれている状況、立場によって、さまざまな解釈が生まれると感じました。

リンダを演じるローズ・バーンの、圧倒的な演技による感情の振れ幅と、考察を要求する演出のバランスに、観ている間ずっとモヤモヤした心地悪さを抱えていました。時にまるでホラーのような演出もあり、近年の「ジャンルミックス」的な面白さも漂わせています。

 

ラスト近く、自宅を見に戻ったリンダは帰宅していた夫に遭遇します。いくら言っても修理されなかった天井の穴が、あっさり塞がっているのを見て驚くリンダに、夫は「俺は言うべき相手を心得てるから」みたいなことを言うわけです。確かに、女と見ると舐めてかかるけど、男が出てくると急に聞き分けが良くなる人っているよね、と思うと同時に、男性側の描写があまりにも記号的すぎるのではないか、という冷めた視線も交錯しました。

夫に、シッターも置かず娘を一人にしたことをとがめられ、極限まで追いつめられたリンダは海へと疾走します。白く泡立つ大きな波へ飛び込み、何度も押し戻されながら砂浜に横たわるリンダ。そこに顔を寄せる娘の姿で、初めてその素顔がスクリーンに映し出されます。(この娘がかわいい)

リンダは自分に言い聞かせるように、「きっと良くなるから」とつぶやくのです。

穴はふさがったし、夫は帰ってきた。そうかといって好転するとも思えないこの状況で、物語は終わります。

 

 

世界はすぐには変わらない、それなら自分が変わるしかない、というのは本当ですか? リンダが出した答えはわかりませんが、せめて彼女自身が「自分は一人ではない」と気づける日がきてほしい、と切に感じました。

 

【映画データ】
タイトル 『ワンオペレーション』(原題If I Had Legs I'd Kick You)

監督 メアリー・ブロンスタイン

出演 ローズ・バーン、コナン・オブライエン、クリスチャン・スレイター

2025年製作/113分/PG12/アメリカ

劇場公開日:2026年9月18日 鑑賞日:2026年9月25日

帯に記された惹句「我が子のために何度、殺人をかばえますか?」。原書(英語版)ではこれが「How many would you bury to save your child?」……我が子のために何度(遺体を)埋めますか、とより具体的で生々しい表現になっています。

 

 

主人公のジョゼフは、深夜の物音に目を覚まし、階下へ確認に行きます。そこにいたのは侵入者ではなく、動転した息子のマックスでした。マックスは車で人をはねて殺してしまったと父親に告白します。息子を守るため、事故を隠蔽する決断をしたジョゼフでしたが、遺体を埋めて帰宅した彼を待ち受けていたのは、息子と「新たな遺体」でした。

 

医大進学を控えた優秀な息子、どんなことをしても守りたい我が子は、モンスターなのか? 考える間もなく、次から次へと発生するトラブルの対処に追われるジョゼフは、底なしの泥沼へとハマっていきます。

彼がここまで盲目的に息子を守ろうとする背景には、最初の妻クレアを侵入者に殺されたという強い後悔がありました。現在は娘ティリーを連れたエリンと再婚し、4人で穏やかな家庭を築いていたジョゼフですが、マックスの恐ろしい秘密は愛するエリンにさえ隠し通さねばなりません。

 

物語は、ジョゼフの右往左往する隠蔽工作と並行して、事故で亡くなった人物の兄・ゲイブリエルの視点でも進みます。暴力的な男ゲイブリエルがいつ介入してくるのか、もう嫌な予感しかしないのですが、物語はさらに歪み、ねじれていきます。

物語の核にあるのは「我が子の身を守るためには、やれることはなんでもやる」という信念です。その信念というより執念は、どんなリミッターも超えていきます。

 

2026年CWA賞(英国推理作家協会賞)の「ツイステッド・ダガー賞」最終候補作という肩書に偽りはなく、終盤に明かされる衝撃の真相には呆然としました。これほど広げ切った大風呂敷を、きれいにたたんで見せるとは。

そして、じわじわと恐怖と余韻が押し寄せる最後の数ページ。これはハッピーエンドなのかバッドエンドなのか……。作者のサービス精神を最後まで堪能できる、傑作スリラーです。

 

本作は、著者サム・ロイドの邦訳2作目にあたります。前作『チェス盤の少女』は、拉致された少女の脱出劇を緊迫した筆致で綴ったサスペンス・スリラーでした。ただ、前作では回収されない伏線があったり、終盤になって突然重要人物が登場したりと、少し雑に感じる部分もありました。それに比べると、本作は格段に洗練された印象です。次作も期待して待ちたいと思います。

 

【作品データ】

タイトル: 『善人による完全犯罪』

著者 : サム・ロイド

訳者 :高山 真由美

レーベル : ‏ ハーパーBOOKS(2026/8/25)