ミステリ、映画、ときどきドラマ(主に海外)

ミステリ、映画、ときどきドラマ(主に海外)

海外ミステリ、海外ミステリドラマ、そして洋画が大好き
ミステリ偏愛歴は約半世紀、おもしろい、薦めたいと思ったものを共有していきたいです

久々に読むミステリーでない“普通の小説”です。

三浦しをんさんの作品は何冊か読んでいますが、いずれも「何かに打ち込み、人生を再生していく」物語でした。

本作もネイリストという仕事に邁進する一人の女性を描いた物語です。熱血でありながらユーモアにあふれ、読み終えるととても幸せな気分になります。

 

 

下町商店街でネイルサロンを営む月島美佐は、ひょんなことから新人ネイリスト大沢星絵を雇い入れることになります。

コミュ力最強の大沢のおかげで、隣の居酒屋の大将と親しくなったり、商店街の輪に溶け込めたり、月島の世界は確実に広がりを見せていきます。

爪を美しく輝かせる“ゆびさきの魔法”を信じて研鑽に励む日々、そんな二人のもとを訪れるさまざまなお客様の指先に魔法をかけて、世界を少しだけ明るくしていく、そんな素敵な物語です。

 

本作は図書館でも大人気で、100人待ちでやっと届きました。

私は気恥ずかしくて(?)シンプルなネイルしかしないのですが、本作を読んでアートネイルに挑戦してみようかと思いました。さすがにスカルプはハードルが高すぎますが。

スカルプについては全く知識がなく、本作で詳細に工程を説明されてもイメージが湧きませんでした。そこでYouTubeで動画を確認してやっと理解出来ました。

ネイル未経験の方には、工程や仕上がりを想像するのが少し難しいかもしれません。

文中で「砂鉄入り」と説明されているマグネットネイルも、磁石の動きに沿って爪の上の光がさまざまに動く様はまさに魔法です。

 

もっとも、ネイルに詳しくなくても心配はいりません。月島の仕事への情熱は、誰にでも十分伝わってきます。
月島は以前、恵比寿で友人・星野とネイルサロンを共同経営していましたが、星野の才能のまぶしさに身を引き、独立を選択したという経緯があります。

決して月島が劣っているわけではありません。彼女の施術は誰よりも正確で丁寧です。星野がアーティストなら、月島は職人なのです。

日本では、他国に比べても職人を尊敬する文化が根強いと言われます。職人のプロフェッショナルな技に、どれほどの研鑽と献身が捧げられているかを知っているからだと思います。

 

優しくて楽しい登場人物たちも魅力的です。巻き爪に苦しむ居酒屋「あと一杯」の大将、子育てとネイルを両立したい新米ママ、ネイル愛をカミングアウトできないイケメン大河俳優、みんなネイルに救われます。

 

物語の中で、大沢がCM撮影のために施術のアシスタントをした経験を語る場面があります。
本作を読んでから電車の中でビール広告を見て、ジョッキを持つ女優さんの指先に目がとまりました。清楚に整えられた爪を見て、こんなところにもネイリストさんが活躍されている、と感慨深かったです。

 

物語は、新型感染症が流行の兆しを見せる2020年初頭で幕を閉じます。

現実世界では、コロナの蔓延により外出自粛要請から緊急事態宣言へとフェーズが変わり、ネイルサロンを含む多くの業態が休業を余儀なくされました。(私にとっては、図書館の閉館が何よりつらかった……)

私の勤め先も、ある日出社したら「明日から全員在宅勤務!」となり大混乱。

けれどこの行動制限は、一方である種の解放ももたらしたのです。

口紅は要らないし、なんならメイクもしなくて良い、ヒール靴は無理、ネイルも不要。ワイヤーブラなんて全部処分しました。

ところが、しばらくするとやはり生活に色が欲しくなるのです。今はメイクはほとんどしませんが、ネイルは復活させています。

よく言われるように、ネイルは鏡を見なくても、常に自分の目で見ることができる美容です。だからこそ爪が整っていると気分が上がります。

そんな人たちのために、きっと月島と大沢のバディは今もネイルサロンを続けて、ゆびさきに魔法をかけている……そんなことを、つい妄想してしまいました。

 

【作品データ】

タイトル: 『ゆびさきに魔法』

著 者 : 三浦しをん

出版社 : ‏ 文藝春秋 (2024/11/25)

 

 

 

記憶を急速に失っていく殺し屋が、人生最後の仕事として選んだのは、息子を救うための完全犯罪でした。
マイケル・キートン製作・監督・主演を務めた『殺し屋のプロット』は、サスペンスの形式で描かれる、父と息子の物語でもあります。

殺し屋を生業とするノックスは、認知症を疑い医師の診察を受けます。下された診断は、急速に記憶を失っていく病で、数週間のうちにすべてを忘れてしまうという残酷な宣告でした。

これを最後の仕事と決めて臨んだ依頼で、ノックスは致命的な失敗を犯します。病の影響なのか、現場はあまりにも杜撰で、警察が捜査に乗り出すのは時間の問題でした。

その矢先、絶縁状態だった息子マイルズが、助けを求めて現れます。16歳の娘を妊娠させた男を衝動的に殺してしまった、と告白するマイルズ。

ノックスは、刻一刻と記憶を失っていく自分の状況を承知のうえで、息子を救うため「人生最後の完全犯罪」に挑むことを決意します。

 

ノックスはマイルズが起こした事件の現場を確認し、隠蔽が不可能なほど汚染されていることを理解します。そこで彼は、自らが描いた“プロット”に従い行動することを選び、雇い主であり親友でもあるゼイヴィアに協力を依頼します。

 

しかし、計画を実行する過程で、ノックスは頻繁に記憶を失い、自分が何をしているのかわからない状況に度々陥ります。ブラックアウトで表現されるその空白の時間は、観る側の不安を強く掻き立てます。

はたして彼の行動が計画に沿ったものなのか、病がもたらす予測不能な逸脱なのか、観客は判断できないまま、ただ見守るしかありません。

 

やがて警察は、ノックスが関与した“仕事”の現場と、マイルズの事件の間に繋がりを見出し、捜査は一気に加速します。
捜査を指揮するイカリ刑事は、非常に有能で鋭い人物ですが、母親の介護に疲弊している姿も描かれます。
脇の登場人物のちょっとした言葉や行動にも確かなバックボーンが感じられることが、物語に奥行きを与えていました。

 

ノックスの記憶障害は日を追うごとに悪化し、時間との戦いになっていきます。計画は完遂できるのか、ノックスの“真の目的”は何なのか、途中で現れる予想外の人物が、緊張をさらに高めていきます。

 

終盤、息子が父に面会する場面があります。

一人残されたノックスが、息子が手を置いたアクリル板にそっと自分の手を重ねる。記憶は消えても愛は残っている、と感じさせてくれました。

最後に、なじみの娼婦のもとにノックスから蔵書が送られてきます。彼女が手に取った一冊は「二都物語」、余韻の残るラストシーンでした。

 

本作はマイケル・キートンが製作・監督・主演を務めています。私の世代にとって、マイケル・キートンはやはり初代バットマン。あのダークな映像に夢中になりました。そして、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でのまさに奇跡のような演技!

アカデミー主演男優賞の発表で、別の名前が読み上げられた時の、彼の一瞬の失意の表情は忘れられません。

出演することでその作品の格を引き上げる、数少ない俳優の一人であると思います。

 

ノックスの盟友ゼイヴィア役を演じるアル・パチーノも、抜群の存在感で物語を支えています。『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』を思い出させるダンスシーンには、パチーノへのリスペクトが感じられました。

 

そして、ノックスの妻を演じるマーシャ・ゲイ・ハーデン、見覚えあると思いつつ、クレジットを見るまで気がつきませんでした。デビュー作の『ミラーズ・クロッシング』では男たちを惑わすクセツヨ美女でしたが、角の取れた「普通の女性」を違和感なく演じています。
劇中の「まだ、あなたを少しは愛しているの」という言葉に、愛情と意地が入り混じった切なさを感じました。

 

 

都内での上映館はわずか3館。正直、もったいないと思います。
上映終了前に、ぜひ映画館で体験してほしい作品です。

 

映画データ-------------

タイトル「殺し屋のプロット」(原題「Knox Goes Away」)

監督 マイケル・キートン

出演 マイケル・キートン アル・パチーノ、ジェームズ・マースデン、マーシャ・ゲイ・ハーデン

2023年製作/115分/G/アメリカ

「空に浮かぶ密室」

著者 :トム・ミード

出版社 ‏: ハヤカワポケットミステリ(2025/11/06)

 

 

奇術師ジョセフ・スペクターを探偵役とするシリーズ第2作です。第1作『死と奇術師』は、袋綴じの解決編という仕掛けで話題となりました。

 

舞台は1938年のロンドン、銀行支配人のドミニクが観覧車のゴンドラ内で射殺されます。容疑者となった妻カーラの弁護士イブズは、独自に捜査を開始しますが、彼が観ていた奇術ショーの最中、第2の密室殺人が発生します。
さらに楽屋で第3の密室殺人が起き、ついにはイブズは犯人として逮捕されてしまいます。

 

展開がとにかく早く、第1部の冒頭ですでに最初の殺人が起き、イブズは容疑者に面会し、目撃者を訪ね、被害者の職場で関係者に話を聞きます。
その合間に、趣味の奇術ショーを観に行けば、舞台上に死体が転がり出る第2の事件が起きる。しかも被害者は、彼が先ほど話を聞いていた目撃者でした。

わずか70ページほどの間にこの急展開、読者は次々と切り替わる状況を把握するのに精いっぱいなのですが、この状況そのものが伏線だったりするので気を抜けません。

 

本作は密室トリックの巨匠ジョン・ディクスン・カーに捧げられています。

正直にいうと、「密室トリック」というジャンルはあまり得意ではありません。釣糸や滑車などの機械的トリックへの理解力が乏しく、複雑なトリックを言葉で説明されても、空間把握能力が皆無の私はその状況を思い描くことができません……というかめんどくさい。

ところが本作では、舞台となる劇場の平面図、第2の殺人の状況図、俯瞰図などが添付され、理解を助けてくれます。

 

最も魅惑的な第1の密室殺人は、回転する観覧車のゴンドラに妻と二人きりという状況で夫が撃たれる、というもので、犯人が別にいることを合理的に説明するのは不可能に思えます。この謎の種明かしを知りたい思いで、読み進めました。

 

原題は『The Murder Wheel』。観覧車(ferris wheel)の輪(wheel)と殺人の連環をかけています。物語の第2の舞台は奇術ショーが開催された“劇場”。緞帳、照明、小道具、楽屋、目くらましに溢れた、まさに殺人にふさわしい舞台です。

 

トム・ミードは、一歩間違うとセルフ・パロディになりかねない黄金期ミステリへのオマージュ作品を、現代人の厳しい眼にも耐えうるよう緻密に構成しています。

ただ、論理に重きを置くあまり、人間描写はやや平板です。純粋にトリックと謎解きを楽しみたい人には、特にお勧めの作品であると感じました。

解決編では、個々の謎の伏線がどのページに記載されていたか、すべて示してくれているのも楽しい趣向です。とは言うものの、これらの伏線は、気づいたからと言って解決に結びつくとは言えないものもあり、フェアネスを装いながら、読者を欺く周到なテクニックが駆使されています。

 

解決編で読者をうならせた後、最後にもう一捻りあるのもうれしい驚きです。

ちょっとしたアクションやロマンスもあり、重厚なミステリの合間に息抜きとして読むのに、ちょうどいい一冊です。

 

 

 

 

ちなみにJ.D.カーで私が一番好きなのは、密室ミステリ……ではなく、ミステリとオカルトの絶妙なマリアージュ『火刑法廷』です!