久々に読むミステリーでない“普通の小説”です。
三浦しをんさんの作品は何冊か読んでいますが、いずれも「何かに打ち込み、人生を再生していく」物語でした。
本作もネイリストという仕事に邁進する一人の女性を描いた物語です。熱血でありながらユーモアにあふれ、読み終えるととても幸せな気分になります。
下町商店街でネイルサロンを営む月島美佐は、ひょんなことから新人ネイリスト大沢星絵を雇い入れることになります。
コミュ力最強の大沢のおかげで、隣の居酒屋の大将と親しくなったり、商店街の輪に溶け込めたり、月島の世界は確実に広がりを見せていきます。
爪を美しく輝かせる“ゆびさきの魔法”を信じて研鑽に励む日々、そんな二人のもとを訪れるさまざまなお客様の指先に魔法をかけて、世界を少しだけ明るくしていく、そんな素敵な物語です。
本作は図書館でも大人気で、100人待ちでやっと届きました。
私は気恥ずかしくて(?)シンプルなネイルしかしないのですが、本作を読んでアートネイルに挑戦してみようかと思いました。さすがにスカルプはハードルが高すぎますが。
スカルプについては全く知識がなく、本作で詳細に工程を説明されてもイメージが湧きませんでした。そこでYouTubeで動画を確認してやっと理解出来ました。
ネイル未経験の方には、工程や仕上がりを想像するのが少し難しいかもしれません。
文中で「砂鉄入り」と説明されているマグネットネイルも、磁石の動きに沿って爪の上の光がさまざまに動く様はまさに魔法です。
もっとも、ネイルに詳しくなくても心配はいりません。月島の仕事への情熱は、誰にでも十分伝わってきます。
月島は以前、恵比寿で友人・星野とネイルサロンを共同経営していましたが、星野の才能のまぶしさに身を引き、独立を選択したという経緯があります。
決して月島が劣っているわけではありません。彼女の施術は誰よりも正確で丁寧です。星野がアーティストなら、月島は職人なのです。
日本では、他国に比べても職人を尊敬する文化が根強いと言われます。職人のプロフェッショナルな技に、どれほどの研鑽と献身が捧げられているかを知っているからだと思います。
優しくて楽しい登場人物たちも魅力的です。巻き爪に苦しむ居酒屋「あと一杯」の大将、子育てとネイルを両立したい新米ママ、ネイル愛をカミングアウトできないイケメン大河俳優、みんなネイルに救われます。
物語の中で、大沢がCM撮影のために施術のアシスタントをした経験を語る場面があります。
本作を読んでから電車の中でビール広告を見て、ジョッキを持つ女優さんの指先に目がとまりました。清楚に整えられた爪を見て、こんなところにもネイリストさんが活躍されている、と感慨深かったです。
物語は、新型感染症が流行の兆しを見せる2020年初頭で幕を閉じます。
現実世界では、コロナの蔓延により外出自粛要請から緊急事態宣言へとフェーズが変わり、ネイルサロンを含む多くの業態が休業を余儀なくされました。(私にとっては、図書館の閉館が何よりつらかった……)
私の勤め先も、ある日出社したら「明日から全員在宅勤務!」となり大混乱。
けれどこの行動制限は、一方である種の解放ももたらしたのです。
口紅は要らないし、なんならメイクもしなくて良い、ヒール靴は無理、ネイルも不要。ワイヤーブラなんて全部処分しました。
ところが、しばらくするとやはり生活に色が欲しくなるのです。今はメイクはほとんどしませんが、ネイルは復活させています。
よく言われるように、ネイルは鏡を見なくても、常に自分の目で見ることができる美容です。だからこそ爪が整っていると気分が上がります。
そんな人たちのために、きっと月島と大沢のバディは今もネイルサロンを続けて、ゆびさきに魔法をかけている……そんなことを、つい妄想してしまいました。
【作品データ】
タイトル: 『ゆびさきに魔法』
著 者 : 三浦しをん
出版社 : 文藝春秋 (2024/11/25)







