ミステリ、映画、ときどきドラマ(主に海外)

ミステリ、映画、ときどきドラマ(主に海外)

海外ミステリ、海外ミステリドラマ、そして洋画が大好き
ミステリ偏愛歴は約半世紀、おもしろい、薦めたいと思ったものを共有していきたいです

「特殊清掃」とは、遺体が長時間放置された部屋を清掃・消毒・脱臭する仕事です。本作ではその過酷な現場が詳細に描かれており、死者が遺した痕跡と向き合う仕事の重みが痛いほど伝わってきます。

 

 

物語の始まりは、死後20週間も発見されなかった老人、トマス・アグニューの部屋。清掃中、主人公のグレイスはすべてが「7月23日付」という奇妙な古新聞の束を発見します。さらに、トマスの葬儀で出会った友人の一人も、直後に孤独死を遂げてしまいます。 二人の死に共通点を見出したグレイスは、独自に調査を開始。果たして、50年以上前の「7月23日」に何が起きたのか――。

 

主人公のグレイスは、「特殊清掃」は死者の尊厳を守る仕事だと感じ、この仕事を愛しています。そして、孤独な死者を忘れないよう、その最期の部屋をミニチュアで制作しています。

この設定で思い出したのが、先日ご紹介したケイティ・ティージェンの『事件現場をドールハウスに』です。あちらの作品では制作過程の描写が少なく、物足りなさを感じましたが、本作ではその点もひじょうに詳細です。

途中でグレイスがインタビューでフランシス・グレスナー・リーについて語るシーンがあります。

リーは殺人現場をジオラマで再現した先駆者ですが、彼女が選んだ殺害現場は、女性や貧困層など、社会的に弱い立場にある人々が被害者となった現場でした。孤独な死者の現場を形に残そうとするグレイスの想いは、リーの精神と深く通じ合っているように感じます。

 

 

物語はグレイスの体当たりの調査で次第に輪郭が明らかになっていきます。どうやら50年以上前の未解決事件に関係するようなのですが、同時にグレイスの身に危険が迫ってきます。

50年前の未解決事件の真相に迫る王道のミステリーと思わせて、半分を過ぎたあたりで、世界が急激に反転します。

ジャンルすら超えてくるような衝撃の展開に、今まで共感していたはずのグレイスという人間が、急にわからなくなる……。その戸惑いを抱えたまま、物語は必然の結末へと突き進みます。

グレイスのキャラクターには賛否両論あると思いますが、彼女の孤独は、「人と一緒にいたいわけではないが、そう願えるような人間でありたい」という切実な矛盾を孕んでいます。その深淵に触れたとき、彼女を安易にジャッジすることは私にはできませんでした。

 

「karoshi」過労死と並んで、世界共通語となりつつある「kodokushi」孤独死。

友人からも、疎遠だった親族の孤独死を聞くことがあります。まずは断捨離を進め、いずれは見守りサービスの契約を……と、自分の「最期」をリアルに考えてしまいました。

 

【作品データ】

タイトル: 『特殊清掃人グレイス・マクギルと孤独な死者たち』

著者 : C.S.ロバートソン

レーベル ‏ 小学館文庫(2026/2/6)

 

 

 

 

【深堀りのための参考資料】

  1. フランシス・グレスナー・リーの「ナッツシェルズ」
    スミソニアン・アメリカ美術館の公式サイトで、彼女のジオラマを見ることができます。その小さく美しい世界と「死」の対比は、不気味でありながら、目が離せなくなる強い魅力を持っています。
     

     

  1. 小島美羽『時が止まった部屋』(原書房)

本作の解説で知ったのですが、日本にも特殊清掃人として働きながらミニチュアを制作している小島美羽さんという方がいらっしゃいます。本作の表紙のミニチュアも小島さん制作のもので、作品はSNSやメディアを通じて海外にも広く紹介されているそうです。浴槽での孤独死の現場など、本作にも登場するので、作者のC.S.ロバートソンもその記事を読んでいるのではないかと思いました。

 

 

  1. 映画『おみおくりの作法』 (2013年製作/91分/イギリス・イタリア合作)

孤独死した人々を弔う民生委員を描いた名作で、『アイ・アム まきもと』として、日本でもリメイクされました。

抑制されたトーンで描かれる孤独と、ラストに訪れる救済に号泣必至の作品です。

 

1940年代、戦後混乱期の上海。落ちぶれた映画人たちが、実際の猟奇殺人事件をテーマにした脚本を一晩で書き上げる——。 設定だけ聞くと、大好物のクローズド・サークル・ミステリー!と期待してしまいました。

 

 

映画化しようとする事件は、金融界を牛耳る三人の実力者と護衛たちが、一晩のうちに惨殺されたというものでした。犯人の男はその場で逮捕され既に死刑が確定していましたが、そのミッションにアドバイザーとして同席します。

犯人から真相を聞き推理を重ねるうち、事件は全く異なる様相を見せていきます。

 

ほとんど事前情報を入れずに観たので、洋館に集められた人が一人、また一人と殺されて、犯人はこの中にいる、といった話かと思っていたら、全然違いました(笑)。

本作は「犯人捜し(フーダニット)」ではありません。すでに犯人が同席している状態から、なぜ事件が起きたのかを探る「ホワイダニット」の系統です。

しかし、全編を通しての印象は「とにかく取っ散らかっている」。 気になったのが、キャストのアンサンブルのバラつきで、特に全員を招集する富豪役の人の演技がオーバーアクション過ぎました。

これは、1940年代頃の映画の演技をあえて踏襲しているのか……とも思ったのですが、明らかに浮いていました。

全体のトーンもシリアスなのかと思えば、唐突に笑わせてくる場面もあり、そこもなんとなくおさまりが悪い感じです。

 

後半、事件の真相が明らかになった後にもう一段階ひねりがあるのですが、どちらも構成にムリがあるように感じました。そんなこと気にせず楽しめば良い、という見方もあると思いますが、そこに至るまでのリアリティラインが揺らいでいるため、私はどうしても入り込めませんでした。

 

戦後の上海の空気感も薄味に感じましたが、本作は中国では大ヒットしているという話なので、中国の人が見ると違う視点があるのかもしれません。

 

そしてラスト。すべてが語られた後に訪れる、あまりに皮肉な結末。事件は永久に葬られてしまったわけで、いや、ここまで観た意味……と呆然としてしまいました。

この虚脱感こそが作り手の狙いなのかもしれませんが、これを「余韻」と感じられるかどうかで、好みは分かれそうです。

 

【余談】

なお、本筋と全く関係ありませんが、富豪役の人はサンドウィッチマンの富澤さんに、落ち目の俳優役の人はユースケ・サンタマリアさんに激似でした!

 

劇場でいただいた中国版のチラシ

 

映画データ
タイトル 『夜鶯 ある洋館での殺人事件』(英題「Be Somebody」)

監督 劉循子墨(リウ・シュンズーモー)

出演 尹正(イン・ジョン)、鄧家佳(ドン・ジアジア)

2021年製作/123分/G/中国

劇場公開日:2026年2月27日 鑑賞日:2026年3月6日

ドイツ人作家マルク・ラーベの、日本初紹介作品です。

ドイツミステリといえば、まず思い浮かぶのが大好きなネレ・ノイハウス。『深い疵』ではナチスの残党を登場させていました。他にもフェルディナント・フォン・シーラッハは、自身の出自(祖父がナチス高官)に深く関わる作品を執筆しています。

このように、ドイツミステリというと、「ナチスを生んだ歴史」と絡むことが多い印象ですが、本作『17の鍵』は一味違います。

本作には、その後のドイツ分裂からの再統一を経てなお、旧東ドイツの暗い歴史が影を落としており、その視点が私には新鮮でした。

 

 

【あらすじ】

ベルリン大聖堂で、ドーム天井から吊り下げられた女性牧師の死体が発見されます。。現場に駆けつけたトム・バビロン刑事は、その首にかけられた「17」と刻まれた鍵を見て驚愕します。

それは少年時代、川で見つけた死体のそばにあり、トムが持ち帰ったものと同じ鍵だったのです。当時9歳だった妹ヴィーにせがまれて、トムは鍵を妹に渡しますが、妹はその日を境に失踪し、いまだに行方はわかっていません。

トムは殺人事件の捜査と並行して妹の行方を追いますが、当時一緒に川で死体を見つけた友人たちの元にも「17の鍵」が届けられ、事件は予想外の方向へ加速していきます。

 

現在の事件と過去の事件が交錯し、さらに精神病院に収容されている謎の女性のストーリーも差し込まれます。この女性もまた「17」と因縁があるようで……。

物語は刻一刻と様相を変えて展開します。550ページという重厚なボリュームなのですが、過去の回想を除けば、わずか2017年9月3日から5日までの「3日間」の出来事なのです。

現在、過去、精神病院と視点が行き交い、登場人物も多く、血縁関係も複雑なので、関係者を覚えるのも一苦労です。しかもムダな描写が全くなく、非常に密度の濃い文章のため、一瞬も気が抜けません。

トムは妹の失踪に取りつかれていますし、相棒のジータもまた深刻なトラウマを抱えています。コメディリリーフ的な要素は皆無で、全編にわたって緊張感が漂います。

さらに物語の背景には、旧東ドイツがいまだに落とす暗い影があります。……秘密警察「シュタージ」は解体されたはずですが、元職員の中には民間警備会社を作ったり、政財界に入り込んだりしている者もいるそうで、本作でもそんな人物が暗躍しています。

 

1989年の「ベルリンの壁崩壊」の衝撃を覚えている世代としては、当時東側で生まれたトムやジータ、そして旧東ドイツ高官という親のキャリアに翻弄されるモルテンといったキャラクターたちの背景に、歴史の重みを感じずにはいられませんでした。

 

本作はシリーズ4部作の第1弾で、解かれずに残った謎も数多くあります。すでに刊行されている第2弾「19号室」ではジータの凄絶な過去が明かされるようです。

また、トムの妹ヴィーが最後にどのような形で現れるのかも気になります。(生きてますよね?)

 

本作ではかなり暗かったトムとジータですが、終盤明るい兆しも見えました。最初はぎくしゃくしていた二人の関係も、良いバディになっていきそうですし、巻を追うごとに、少しずつ明るくなっていくのでは……と期待しています。

次作の『19号室』も今手元にあるので、近いうちに感想をアップしたいと思います。

 

【作品データ】

タイトル: 『17の鍵』

著者 :マルク・ラーベ

レーベル ‏ 創元推理文庫(2025/1/31)