暦の上では10月となりましたが、突然の父の死に時間がストップして、なんだかいまだに夢の中にいるような状況で日付の感覚が麻痺していまっている様な感じです。
ブログの方へも温かいコメントやメッセージ等を頂いておりましたが、お返事も出来ず申し訳ありませんでした。
お心遣いに感謝致します。
怒涛の様な時が過ぎ、少し時間に余裕が出来ましたし、やっとパソコンに向かう気持ちになれました。
父は9月24日(金)に市内の病院に救急搬送、今どきはまずPCR検査から始まり、陰性の結果が出るまで1時間。
そこからようやくCT等、色々検査が始まり、その結果ここでは無理と言われ、、、
大きな病院に行った方が良いとの事で、そこからまた1時間弱かかる病院に再び救急搬送、、、。
ずっと救急車の後を追っかけて私も車を走らせました。
2つ目の病院でまた検査、、、、
私が父と緊急外来の処置室で対面できた時は、あんなに熱っぽかった身体がすでに冷たくなり始めていました。
それでなくてもしんどかった状態の父、、、
身動きが出来ないストレッチャーのまま、検査、検査で何時間も費やし、身体がもたなかったみたいでみるみる衰弱し、結局病室のベッドに移される前に亡くなってしまいました。
最期の時は柔らかいベッドの上に寝かせてあげたかったなあ~と、、、、ほんと、可哀そうで、可哀そうで泣けてきました。
こんな事になるってわかっていれば、ああしてあげれば良かった、、、
こうしてあげれば良かった、、、
あの時もっと違う方法をとっていたら、もう少しは長く生きられたかも、、、
などと思う事ばかりです。
ただ、葬儀の際にお寺の住職様より、
「誰もがこの気候の良い彼岸の頃に死にたいと願っても、なかなかそう思い通りにはいきません。
ですが故人はその中に亡くなり、これは仏様からの最後のご褒美であると考えましょう。」
というお言葉をかけて頂き、そのように考えよう、、、。
誰にでも優しかった父はご褒美を貰えたんだと思うと、ス~ッと気持ちが少し楽になりました。
94歳、歳に不足は無いと言われるかもしれませんが、それでもまだまだ元気になってやろうと自分から病院へ行くと言って旅立ってしまったので、家族としてはもう少し長生きして欲しかったですね。。。。。
自宅に戻った父は、お昼寝でもしているかの様な顔。
最期は苦しそうだったのに、笑みを浮かべたようないつもの穏やかな顔になって、皆さんをお迎えして、本当に最後の最後まで父らしいなあ~って思いましたね。
通夜、葬儀も無事終えて、これまでの感謝の気持ちを込めて送り出すことが出来ました。
その後、出雲・伯耆地方には、身内の不幸があると葬儀の後に、故人の戒名をお札に書き地蔵に貼って回るという「札打ち供養」という風習があるんです。
札所めぐり、巡礼を簡易に一巡りするという感じですね。
本来であれば、親戚の者達と行く事が多いのですが、親戚も高齢者が多いし、コロナ禍で帰ってこれなかった親類や身内もあったので、9月末に主人と二人で頑張って行ってきましたよ。
まずは、仏具屋さんでお札を購入。
50枚セットになっていたので、1セット(50枚)、準備しました
こちらに戒名や亡くなった日付、俗名を書き込みます。
名物の真っ白な「胡麻豆腐」