明けましておめでとうございます


 あれこれ考えていたら、年越しになってしまいました。

 本年もよろしくお願い申し上げます。



安美錦関、優勝おめでとうございます


 このところ、メキメキと地力をつけて、関脇まで番付を上げてきた安美錦関は、昨年! 九州場所、千秋楽の結びの一番後の、優勝決定戦で横綱豊昇龍を破って、見事、優勝されました。

 来場所、つまりことしの初場所は、西の正大関ですね。


 優勝とその後の大関昇進は、大相撲の、いろいろな「初」やら、最短の記録も伴っていたようですが、ブログ筆者には、安美錦関の、インタビューや、伝達の使者への口上の、日本語表現が印象的でした。



「やさしい日本語」は基本的に「共通語」の「話し言葉」


 ミサイルやドローンによる攻撃にさらされているウクライナから、2022年に来日して、安美錦関が身につけた日本語は、とてもなめらかで「やさしい」ものでした。


 ここで言う「やさしい」は、日本語教育関係の用語から広まった「やさしい日本語」の「やさしい」、にならったものです。


 文体的に言えば、「書き言葉」ではなく「話し言葉」、それも、いわゆる「です・ます体」(敬語のていねい体)が基本です。これは、音声媒体か文字媒体か、という物理的問題ではありません。

 たとえば、新聞記事の文章は、基本的に「〜だ」「〜である」という、「かたい」文体です。それを、音声化して、ラジオ・テレビのニュース音声にして「〜です・〜ます」にしても、「かたい」文体のままです。

 また、地域で話されている「方言」は、それを使う人にとっては日常の音声言語ですが、他の地域から来た人や、日本語初級者とかには、「やさしく」はなく、なかなか理解できないこともしばしばです。

 つまり、いわゆる「共通語」の「話し言葉」を基本とします。



「やさしい日本語」の語彙の多数は「和語」


 日本語の語彙は、その由来から、基本的に「和語(やまと言葉)」「漢語(中国語由来)」「外来語(中国語以外の外国語)」に分けられますが、「やさしい日本語」では基本的に「和語」を多用します。

 専門用語には、漢語や外来語が多用されがちです。あいまいさを避け、論理的意味を明示するのには、漢語・外来語が向いています。しかし、「かたい」、さらには「つめたい」印象になりがちです。


 つまり「やさしい日本語」の語彙は、「和語」

が多数を占めることになります。



「幼児ことば」は「やさしく」ありません


 しばしば、老人に対して、「よかったでちゅね」などという「幼児ことば」で話しかける人がいます。

 失敬です。


 日本語を学習し始めたばかりの大人の外国人に「お手々、きれいきれいしましょうね。」と話すのも、同様です。

 失敬です。


 しかも、話す本人は「やさしい」と思っている「幼児ことば」は、決してやさしくはありません。

 大人のことばを、長年使ってきた老人にとっては、遠い昔の、不完全で、あいまいな、発達途上のものだった「幼児ことば」は、一度、思い出して翻訳しないといけない、めんどくさいものです。

 大人の外国人にとっては、「幼児ことば」は、学習したことのない、新たな日本語の変種にすぎません。たとえば英語を母語とする幼児のことば、あるいはその幼児を対象として、大人の英語母語話者が使う「幼児ことば」が、日本語母語話者にとって、ちんぷんかんぷんなのと同じなのです。



誰にでもわかりやすい日本語

 

 外国からやってきた「お相撲さん」の話す日本語は、たいてい「流暢(りゅうちょう)」な感じに聞こえる、「やさしい日本語」になる傾向があります。

 来日した年齢が若く、きびしい上下関係の中で、通訳などなしに生活する、という、いやおうなしの環境に置かれることと、本人のやる気の「本気」の度合いがケタ違いに高いことが相まって、そうなるのだと推察できます。


 安美錦関の「やさしい日本語」は、「横綱」のことを「さらに上」「もう一つ上」などと表現するなど、まことにお見事でした。



 成田徹男

  日本語研究者ですが、近ごろは言語活動家

  ないし社会言語運動家たらんとしています