今日はヒース・レジャーの命日なのでこんな記事を書いて見ました。
ジョーカーに支配された男 「ヒース・レジャー」
オーストラリア出身の俳優ヒース・レジャー。
10歳の頃に劇団に所属してから、オーストラリア国内で舞台やテレビに出演。
1996年公開の「Sweat」でレギュラー役をつかむが役柄がゲイだったこともあり、街中から嫌がらせやいじめを受けることもあたという。だがこの演技が業界関係者に注目を浴びたきっかけで
1997年公開の「ブロックロック」で本格デビュー。
同年に全米放送されていたテレビシリーズ「Roar」でさらに注目を集めた。
1999年公開の「恋のからさわぎ」でハリウッドに進出。
この映画で成功したことでアイドル路線のオファーが殺到するようになるが、本人がこの路線を拒否したたことで仕事がなくなる。
その後メルギブソンやビリー・ボブ・ソーントンなどと競演を果たしたことで徐々に注目を浴びていく。
2005年彼にとって転機となる作品「ブロークバック・マウンテン」に出演し、せりふの少ない主人公をわずかなメイクと演技で20歳から40歳までの役柄を演じ分けた。
この役が史上9番目の若さでアカデミー主演男優賞にノミネートされたことでさらに注目あび、2005年の各映画賞を総なめにしました。
この映画以降はコメディ映画などのB級映画に出ることが多く、専門誌からはもったいないといわれていたが、本人はこれらの役を楽しんでいました。
そんな彼に飛び込んだ大きな仕事・・・
それがバットマンシリーズのダークナイトのジョーカー役でした。
この提案にヒースは二つ返事で引き受けたそうです。
映画は大ヒットし、ヒースも映画史に残る怪演でジョーカーになりきりスーパースターへの仲間入り寸前でした。
ところが同年1月、インフルエンザと薬の併用摂取により28歳という若さで急死し、突然の訃報が世界中に衝撃をもたらしました。
若くして帰らぬ人となった彼は、演技に関して完ぺき主義を貫くことで知られた俳優でした。
ダークナイトでのジョーカー役が決まると、さっそくホテルに資料を持ち込み一ヶ月間の引きこもり。
役を自分の中に取り込んでいきました。
バットマンシリーズの過去作の演技を徹底的に研究。
さらにピエロの起源など様々な資料を集めました。
ヒースはこんなことをいっています。
「とにかくあの独特の声と笑い方を追求することが重要だったんだ」・・・と
ホテルの部屋の中でたった一人・・・
姿勢・態度・表情に声まで研究し尽くした
そんな彼の演技をクリストファー・ノーラン監督はこういっています。
「彼がジョーカーの声を出した瞬間 ものすごい恐怖を感じた」・・・と
だがこの時・・・
彼は自分の役に苦しめられていた。
睡眠時間は2時間
度重なるうつ病と戦っていた。
その為、精神安定剤や睡眠薬を常用するようになってました。
「考えることを止められない 僕の体は疲れきっているのに 心は動き続けていた」
そう周りにいっていたそうです。
そんな状態でも彼はジョーカー役を最後まで演じきりました。
ダークナイト公開まで半年に迫った2008年1月22日
彼はマンハッタンの自宅で亡くなっていた・・・
死因はインフルエンザに加え
睡眠薬等の併用摂取による急性薬物中毒
過剰摂取ではないと報じられています。
その後のアカデミー賞授賞式で助演男優賞を受賞
「ヒースレジャー」
その名前が呼ばれた瞬間
その場にいたすべての人がスタンディングオベーションで彼を讃えた。
彼は生前、本作について尋ねられた際、こういっている・・・
「これまでで一番楽しい役だった。 多分これからの映画人生においてもずっとそうだろう」
彼がもし今も生きていたどんな俳優になっていたか?
それは誰にもわかりません。
ただここにはヒースがいます。
それがフィギュアの魅力でもあり、醍醐味でもあります。














